表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食パン先生  作者: シュウ
第四部
14/16

さいごのその4

「大きい口を叩くのも結構です。ですが、ここが敵の本拠地ということをお忘れではないですか?」


 社長がそういうと、秘書を始め、そこらへんのクローゼットや社長のデスクの下や入り口や窓や換気扇や排気口などから、わらわらと人が社長室へと入ってきた。

 全員の手には、百グラムで小分けにされた乾麺のパスタが握られていた。

 一本や二本ならばたいしてダメージの無い乾麺。チクリとした痛みが私を襲うだろう。それだけならば耐えられる。しかしあの塊レベルになるとそうはいかない。チクリから針から棒に変わるのだ。あれを何本も充てられると想像しただけで身体が悲鳴を上げそうだった。


「フフフ。噂の食パン先生も、これで終わりですな。あなたの敗因は、単独でここまで来たことですよ。我が麺類団を壊滅させたかったのでしょうが、全力で壊滅させるのでしたら軍隊でも連れてくるべきでしたな。ハハハハハハ!」


 高笑いをする社長。私は後悔した。社長室まで一人で来てしまったことを。そして無謀にも思える行動力で社長室へと乗り込み、こうしてピンチに陥ってしまったことを。

 私は顔を俯かせ、社長へ向けて言った。


「残念です。もう少し一人で何とかできると思ったのですが……」

「フフフ……怖いですか? あなたの食パンと共に歩んできたパンくずみたいな人生が、ここで終わりを迎えることが」

「私の人生は食パンと常に一緒でした。ですが、パンくずのような人生ではありません。すべてオーダーメイドで作られる一斤のパンのように、光り輝き、まっすぐに伸びているのです。そしてそれは、この先もまっすぐに私を導いてくれています」

「減らず口を! やれっ! 今すぐこの食パン先生の口をきけないようにしてやれ!」


 社長が啖呵を切って言った。

 私は一斉攻撃が来ると思い、身構えた。

 しかし。


「……? どうした? なぜ攻撃をしない?」


 部下達は動かなかった。私が何かをしたわけでもない。社長が何かをしたわけでもない。

 そんな静寂の中、最初に動いたのは秘書だった。

 構えていた腕をぶらんと垂らし、かけていた眼鏡を外して結っていた髪もほどいた。


「社長。もうやめましょう」

「ど、どういうことだ。私の秘書であるお前がなぜ私に意見をするのだ。私の命令には絶対的に従うと契約書にも書いてあっただろう!」

「確かに書いてありました。ですがあれは私ではなく『明星徹子』の契約書です」

「どういう、ことだ?」

「ふっ。所詮社長と言えども、自らの欲におぼれ、欲の操り人形と化しただけの人間。一番の側近を演じていた私の存在になど気を配りもしなかったのでしょう」

「なん……だと……? まるで意味がわからんぞ! どういうことか説明しろっ!」


 フッと小さく笑みを作った秘書。そして髪をさらりと揺らしながら、私を見た。その瞳に、どこか懐かしさをも感じた。


「食パン先生。よくお一人でここまで来ましたね。その実力に敬意を表します」

「どういうことだ? わかるように食パンに例えて説明してくれ」

「あなたが今まで食べていたのが何も調理されていない食パンだったとします。その食パンは、進化の可能性を秘めに秘めている。ある時はトーストだったり、ある時はパン粉だったり、ある時はフレンチトーストにだってイタリアンにだってフレンチにだって洋食に和風に中華にだってなれる。ですがある日お米を使った食パンが現れたとします。そうなった場合、あなたはどうしますか?」

「私ならば、食べない。なぜなら食パンを素材ごと愛しているから食パンを好きなのであって、素材が変わった食パンは、食パンではない」

「普通ならばそうでしょう。そんな中、そのお米を使った食パンが本物のお米によって壊滅させられそうになってしまいました。それなら?」

「私は……そのお米の食パンを助ける」

「どうして? 食パンとは違うのでしょ?」

「いくら食パンではないにしろ、大きく分類すると食パンというカテゴリーに入る。そんな遠い親戚のようなもののピンチを助けないわけにはいかない」


 私は彼女の言いたいことがわかってきたような気がした。


「ではその『お米の食パン+食パン』という大連合と『お米』という日本人の心ともいえる大艦隊が戦っているところに、『麺が邪魔しようとしている』という計画を掴んだらあなたはどうする?」

「それは……」

「麺をなんとかしようとするわよね? でも麺の力は強大だが、どこまでの戦力かはわからない。ならどうするか。私たちは敵の懐に潜るべく、食パンでできた麺になったのよ」


 最初はわけのわからない説明だった。だが、話を聞いていくうちに繋がるものがあった。

 それは話の流れではなく、つい先日失った二人の姉妹と目の前に立っている女性との関係だった。


「私たちは食パンでできた麺となり麺類への潜入捜査を開始した。そしてそれとほぼ同時刻、お米側からも『お米でできた麺』として潜入捜査をしている者たちがいるということを知った。お米側へは、悔しいことに『お米でできた食パン』から情報が漏れていたの。でも今は好機と互いに思ったのか、敵の敵は味方ということで、一時休戦を申し入れた」


 私は彼女の話を聞き、彼女の正体がわかった。


「あなたはもしや……」

「娘たちがお世話になりました」

「やはり……ブレッド一家の」

「そうです。私の名前は徹子(てつこ)・ブレッド。コムギと香織の母親です」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ