さいごのその3
バタンッ!
今した大きな音は、私が勢いよく開いた扉が壁にぶつかった音だ。
ここまで隠密かつ大胆に来たわけだが、ここにきて大きな音をたてたのにはわけがある。この組織のトップであり全ての黒幕であるとされている社長を、大きな音で驚かせて奇襲をかけようという作戦だった。
しかし、さすが社長というところだろうか。私の大きな音にも驚かず、冷静に対処し始めた。
「ようこそ。彼にお茶を」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
一緒にいた秘書に命じると、私は来客用のソファへと案内された。私が腰を下ろすと、社長も私の対面になっているソファへ腰を下ろした。
「粗茶ですが」
「粗茶……だと?」
私は驚いた。
まさかこんなところから攻撃が始まっているとは思ってはいなかった。
香織から得ていた情報を元に、面接に向けて私なりに知識を得てきていたつもりであったが、まさかの事態であった。
「まさかこれを粗茶だというのか?」
ニヤリと笑みを浮かべる社長と、一切表情を崩さない秘書。
私は二人に向けて言った。
「これを粗茶と言うだなんてとんでもない! お茶はお茶でも、高級品の玄米茶じゃないか! 安価の玄米茶は玄米が多く含まれているため湯呑に入れても玄米そのものが入っていることがあるが、高級なものほど玄米は少ないために湯呑に入ることは少ない! そしてこの香りだ。香ばしく、それでいて深みがある。これを粗茶と言うだなんて、粗茶をなんだと思っているんだ!」
私は激震して言った。
こんな高級玄米茶を粗茶として差し出すなんて、どうかしている!
「まさか玄米茶の知識まであるなんて思いもしませんでしたよ。さすが海道先生。いや、食パン先生と呼ぶべきでしょうか」
「やはり私の正体を……」
うすうす気づかれているとは思っていたが、まさか本当にバレていようとは。少し動きすぎたようだ。
「食パン先生。私たちオコメライス党にとっては、粗茶にも全力を注ぐのが当たり前ですよ」
「もう猫かぶりはいいだろう。オコメライス党の社長さん。いや、麺類組の組長さん!」
「私の組織を変な名前で呼ぶな! 我々は『麺類団』だ! そして私はその団長だ!」
「ふっ……」
私が間違えたのはわざとだ。怒らせて冷静な判断をできなくなった相手を、と思ったのだが、やはり社長、いや、団長は一味違った。
「フフフ。まぁバレてしまっては仕方がない。そうだ。我々麺類団は、この世の麺類を愛する組織。この世の麺類のために生きる組織だ!」
「どうしてそこまでして麺類を?」
私は聞きたかったことを聞いてみた。
「どうしてだと? 愚問であろう。麺類は、ゆでるのが面倒ということで朝食ではあまり作られず、朝はパンか米というのが今の日本だ。しかし腹持ちや食べ応えなどの面から見ても、麺類がその二つに劣っているところなど見つかりもしない。むしろ安価であり、腹持ちも良い。良いところばかりであると言えよう」
「ま、まさか、カップ麺を考えたのも……」
「そうだ。我々麺類団の一人が発案したものを様々な企業にばら撒いたのだ!」
何ということだろう。
カップ麺はレトルト業界を揺るがすものだ。器から何まで用意されており、箸とお湯さえあればどこででも食べられるという優れものだ。震災時や災害時にはとても活躍していたと言っても過言ではないだろう。
そんなカップ麺を生み出したような化け物が在籍している麺類団。
私一人でどうにかなるものなのだろうか。
私は心の底から恐怖した。
「我々は見返りを求めていない。すべては麺のため。すべては全世界の主食を麺類にするため。そのためならば死さえ恐れない!」
死……か。
私はパンと米の論争の果てに亡くなってしまった姉妹を思い出した。
そうだ。
私はあの二人のためにもここであきらめるわけにはいかない。
私はここで立ち止まるわけにはいかない。
ここで麺類団を叩き潰さないと、未来のパンを守ることができない。ついで米も。
パン派と米派が麺類の手のひらの上で踊らされ、その果てにあの姉妹のような結末を辿ってしまう。
そんなことは、この私が許さない。
全世界のパン派を守るのは、この私だ。
私は覚悟し、立ち上がって団長を見下ろして言った。
「私は食パン先生! あなたたち麺類団を叩きのめしてみせる!」




