さいごのその1
私は香織からの情報を元に、食パンを食べながらオコメライス党の本部を探し出した。
そして一つの手がかりを見つけ出すことができた。
「ここか……」
一見して普通のオフィスビルに見えなくもないビル。近所の繁華街にそびえ立つ、そんじょそこらでは目立って仕方ない背の高いビル。
私がここに至るまでは少し苦労したが、やはり灯台下暗しとはよく言ったものだった。
香織の部屋に入り何か情報はないかと探したところ、少し前に見たことのあるチラシを見つけた。どこかで見たことがあると思い、自分のパン工場のベルトコンベアのように複雑怪奇な記憶の海を漁っていると、ハッとして思い出した。
そのチラシが今私の手に握られているこれだ。
『オコメライス党社員募集!』と書かれたあの時に家に置いてあった裏紙だ。
オコメライス党の節約心には感服せざるを得ない。しかしこんなに容易く敵に情報を渡してしまうとは思えない。となると、やはり香織からの隠されたメッセージだったのだろう。もっと私が早く気が付いていれば、香織は死なずに済んだのかもしれない。そしてコムギも……。
いや、余計なことはパンの藻屑に消し去ろう。今は目の前のことに集中しよう。
ここのビルの玄関にも例の人員募集の張り紙が張り付けてあるので、きっと間違いはないだろう。
私は今日はこの『人員募集の面接』という形でアポイントメントをとっているので、一階の受付でそのことを伝えると、簡単に人事部まで行くことができた。
「ようこそオコメ……いえ、お越しくださいました。ではこちらへどうぞ」
「はい」
私はいつも分け目を七三にしているのだが、今日は八二にしてきた。いくら私の顔が割れているとは言ってもこれならバレないだろう。
そのまま会議室のようなところへと連れていかれた。なぜ会議室『のようなところ』と言ったかというと、会議室に『お米室』と書かれていたからである。まぁわからなくもない。
履歴書をファイルから取り出し、それを見ながら面接が始まった。
「それでは面接をさせていただきます。人事部の米谷と申します。よろしくお願いします。食パン先生」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
「えーと……あ、今は先生をしてらっしゃるんですね。そちらのほうは良いのですか? 食パン先生」
「大丈夫です。私の学校は副業も可なので」
「おや。困りましたね。わが社のほうを副業とされる方は困るんですよ。わが社を主食……いえ、メインにしていただかないと。食パン先生の名が廃りますよ?」
「そのへんも校長とは和解済みです。なので、こちらへの勤務日数が学校のほうよりも多くなってしまっても大丈夫かと」
もちろん嘘だ。
この後暴れるのだから、この程度の嘘は大したこと無いだろう。
それから面接は一時間ほど続き、簡単な質問から私のプライベートなことまで聞かれた。
一番困った質問は『今までに食べたパンの枚数は覚えているか?』という質問だった。確かに一日五枚切りの食パンを一袋食べているわけだが、単純計算では五万四千七百五十枚となる。しかし二歳から食べ始めたという母親の証言を元にすると、五万四千二十枚となる。だがしかしだ。ここで一つの問題が浮き上ってくる。『五枚切りの食パンと六枚切りの食パンを同じように考えてしまってよいのだろうか?』ということである。私はその時米谷さんに尋ねた。『五枚切り基準ですか? それとも六枚切り基準ですか?』と。米谷さんは『どちらでも良いですよ』と言ってくれたが、私にはとても重要なところだったので『どっちでもいいとはなんですか! とても重要なことですよ!』と机を叩きながら立ち上がって言うと、米谷さんも納得してくれたのか『では五枚切りで』と言ってくれた。話の分かる人は良い人だと思った。
そんな面接も終わり、あとは部長が来て、少し話して終わりということだったので、私は懐に入れていた食パンの耳をかじって待った。
とその時。
「むっ!」
私でなければ避けられなかっただろう。
わずかに開いた扉の隙間から米粒が飛んできたのだ。それもカピカピに乾いているやつが。当たってもどうということのないダメージではあるが、それが十粒ほど飛んできたので、さすがに痒み程度のダメージを受けるのは生理的に嫌なので、先ほどまでかじっていたものとは違うパンの耳でそれを撃ち落した。
「さすがは食パン先生といったところか」
「……あなたが部長ですか」
扉を開きながら入ってきた男が部長だろう。オーラが違う。
「いかにも。私が部長の米田だ」




