その5
コムギと香織はすさまじい戦いを繰り広げた。
コムギはパンを、香織は米を使った殺法や戦法を用いて戦った。それはもう私が入り込む余地もないほどの、すさまじい姉妹喧嘩だったといえるだろう。私が経験してきたどの兄弟喧嘩よりも姉妹喧嘩よりも激しかった。
互いの気持ちをぶつけ合い、互いの不満を言い合い、互いに米とパンについて語り合った。
そして決着はついた。
簡単に言ってはいるが、その姉妹喧嘩は三日三晩続いた。私はその戦いを見届けなければならないと思い、三日三晩パンを食べて観戦していた。
結果から言おう。
見ればわかるかもしれないが、ここはコムギの墓前である。正確にはブレッド家の墓だ。両親はすでに他界してしまっていたらしく、この墓石の下にはパンくずよりも細かくなっている一家が眠っていることになる。
なんとも悲しいものだ。
今度ばかりは私が看取ったということもあって、実は生きていたなんていうことはないだろう。
さすがのパンの神様でもできないと思う。人を生き返らせることができるのは神様ではない。その場で迅速に行われる蘇生活動だ。
私ももちろん蘇生活動を行ったのだが、二人は致命傷という致命傷を受け続け、その傷をパンや米でふさぎながら戦っていた。そのため、パンや米に浸み込んだ血液は予想以上に多く、蘇生活動もむなしく、息絶えてしまった。
目の前にある墓に線香を立て、左側にコムギの好きであろう食パンを一枚。これはオーダーメイドで作ってもらったものだ。この世にここにしかない食パンだ。そして右側にはおにぎりを置いた。おにぎりに関してはよくわからないので、近くのコンビニで買ったものだ。手作りにしようかと思ったのだが、我が家には炊飯器が無いため作ることができなかった。
それぞれを置き、手を合わせた。無事に成仏できるように、そして天国では仲良くパンを食べてほしいという思いを込めて祈った。
そして私は一つ誓った。
これは香織が死ぬ直前に私に残した言葉だ。
「大丈夫か!」
「フフフ……最後の最後に敵に心配されるなんて、ゲホゲホッ」
「もういい! 喋るんじゃない!」
「ゲホッ……姉さんは……コムギは……?」
「コムギは……」
私はすでに息を引き取ったコムギを思い出し、香織から目を反らした。
それを見て察したらしい香織は、『フッ』と小さく笑った。
「私とコムギはいつも喧嘩ばかりでした……。ですが、私がオコメライス党に入ったことを知り、負けじと日本食パン委員会とやらに入会していました」
「日本食パン保存委員会だ」
「どうでもいいんです。あ、今のは委員会といいんですをかけたものです」
「どうでもよくはない」
「いえ……本当に呼び方はどうでもいいんです」
死ぬ直前だというのに、どこか真剣なまなざしを私に向けてくる香織。私はその眼をまっすぐに見つめた。
「私は次々と昇進していき、若くして幹部にまで成り上がりました」
「それがどうした。敵の幹部を倒せたんだ。コムギだってそれは本望じゃ」
「私の一家は、ブレッド一家です」
何か含みを持たせるような言い方だった。
私は黙ることにした。
「ブレッド一家は、昔からパンのために生き、パンと共に死んでいました。ゲホゲホッ……。もちろん、私も例外ではないです」
「しかし君は……」
「私の父と母は一家秘伝の情報網を使って、とあることに気が付いたのです。それが日本食パン委員会とオコメライス党の存在でした……ゲホゲホッ!」
「香織!」
赤い血が香織の口から噴き出した。
「……私ももう長くはないです。だから、食パン先生、あなたにブレッド一家のすべてを託します」
「香織……」
「その食パン委員会とオコメライス党は、同じ人間が設立したのです」
「なん……だと……?」
私は文字通り言葉を失った。
両極端の二つの党がどうして同一人物によって設立されたのか?
「ブレッド一家はその不思議を究明することを決意しました。そのせいで父と母は死にました。その時から家にいなかったコムギは何も知らないで食パン委員会に入会していました。私は父と母がスパイとして入っていたオコメライス党に入ったのです。そして父と母の犠牲を乗り越え、私はやつらの野望を掴むことができたのです」
「野望……」
「それは戦争です。やつらはパン派の人間と米派の人間同士の戦争を望んでいるんです。そしてその二つの共倒れを狙っているのです」
「共倒れだと!? そうなったら日本の主食はどうなって……はっ!」
「そうです。麺類です、ゲハッ!! ごはっ! ゴハッ!」
そこからの香織はまともに喋れていなかったので何を言っているのかわからなかったが、言いたいことはわかった。
つまり『この戦いを事前に防ぎ、米とパン、そして日本の未来を守ってほしい』ということだろう。
個人的には食パンさえ守れればよいのだが、こればかりは食パンだけをどうすればよいということではないだろう。食パンを守るついでに米も守る戦いとなってしまうが、すべては食パンのついでだ。
いいだろう。やってやろう。
私は墓前でそう心の中で誓うと、もう一枚食パンを取り出し、おにぎりと食パンの間に置いた。これは香織の分の食パンだ。
そして私は立ち上がって沈みかけていた夕日を見つめた。少し眩しかったので、すぐに目を反らした。
第三部終了です。
第四部で終わりとなります。
ジョジョで言うなら、ゴールドエクスペリエンスレクイエムが発現して、ディアボロを倒して、ジョルノがギャングスターになって終わるところまでです。




