見たことない
「ていうかさー、なんか高校行かなくていいって思うと、気持ち軽くなったっしょ?」
「うん、行かなきゃっていう脅迫概念に駆られてた」
「でしょ? 世間では高校行ってないだけで異端児になっちゃうもんね。実際は行ってない人も大勢いるしね。大検目指したりさ」
俺と夏美は私服に着替えて街に出た。
俺の生活必需品を買うためであった。
平日の昼過ぎの街は人がまばらである。
私服を着ている俺達の事を誰も気にしていない。
「とりま、スマホを再契約しよっか? ……ねえ、あんた今度は解約しないでよ」
夏美はあの時、俺が倒れた場所を見ていた。大通りのカラオケ屋の近くの交差点である。
複雑な顔をしていた。てっきり、俺はクラスメイトとのカラオケを思い出していると思ったが。
「マジカラオケ最悪だったわ。全然知らない神凪のお兄さんが乱入したり、冴島は変な罰ゲームをみんなに強要したりさ。私はママから電話があるからって、ちょいちょい部屋を出てたわ」
夏美は悲しそうな表情になった。
「……あんたは電話に出ないしさ。何度も電話しても繋がらないんだ。怖くて、どうしていいかわからなくて……、自分たちのせいなのにあんたがいなくなっちゃうんじゃないかって……」
今思えば、あの時の夏美はイライラしていたけど、焦った顔をしていた。俺も自分に余裕がなかったから全然わからなかった。
「あの時は……、一人で消えようとしてた。最後に街を名残惜しんでから山にでも向かおうと思ったんだ」
俺がそう言うと、夏美は再び悲痛な顔をする。
こんな事言わなくてもいい。でも、言わなきゃ駄目だ。だって、俺達は二人ぼっちなんだから。
「でもさ、身体が勝手に動いたんだ。夏美が危ないって思って――」
「信士……」
「嫌われていると思ってた、冷たくされていると思ってた。……でも、そんなの俺が殻にこもっていただけだった。だから、もういいんだ。俺も今と未来を向き合うんだ」
保健室で繋いだ小さな夏美の手。
子供の頃はよく手を繋いで遊んでいたのに、いつの間にか恥ずかしくなって繋がなくなった手。
俺は夏美の手をそっと取って、歩き始める。
夏美は悲しそうな顔で文句を言う。
「……恥ずかしいよ。もう子供じゃないんだからさ」
そんな事を言っても、手を離さない。夏美の手の力が強くなる。
「いい、子供だと思われても。実際、まだ子供だ」
「はぁ、し、仕方ないから繋いであげるわ――」
夏美の顔が少し笑顔が戻って来た。そんな夏美の顔は昔みたいに可愛げがあった――
俺たちは携帯屋に行ったり、日用雑貨屋に行ったり、時折、カフェで休んだり、まるでデートみたいな時間を過ごした。
「ていうかさー、うちらってカップルに見えるんだね〜」
夏美は上機嫌な顔で、ジュースを飲んでいる。街のそこかしこにあるベンチで俺たちは休んでいた。
「うん、なんかお店に入るたびに言われた。幼馴染なのに」
「……うん、幼馴染だもんね」
いっぱい店に回って、いっぱい喋って、笑った俺達は少しだけ疲れていた。
嫌な疲れじゃない。充実している疲れだ。
「はあ、幼馴染か……、近いようで遠いわ。ま、いっか。よし、そろそろ帰ろうよ。あんたの家に行く前に色々用意しなきゃ」
「うん、なんか夏美が家にいるって、すごく自然だ」
「あははっ、子供の頃はよく家で遊んでいたもんね。ていうか、嬉しい?」
「もちろん、嬉しくないわけない」
「……そっか、あんがとね」
夏美は照れくさそうにベンチから立とうとした。
「あんたたち、ぜえ、ぜえ……探したじゃんか!! バカっ! バカはおにちゃだけで十分よ! なんでスマホ見ないのよ? イチャイチャしてんじゃないわよ!」
夏美は自分のスマホを取り出して「あ、やべ、スルーしてた」と言い放った。
まあ仕方ない。楽しい時間だったから。
小さな女の子はキレイな金髪をかき乱して俺たちに言った。
「おにちゃは、『おれ、あいつにパンチ当てられるビジョンが見えねーわ。ワクワクしてきた! ちょっと修行に行ってる、あとは任せたぞ、マリ!』とか行って、学校サボってどっか行っちゃったしさ!! あんたたちは連絡つかないし……、ひ、ひっぐ、私、どうすりゃいいのよ……」
「夏美、子供を泣かしては駄目だぞ?」
「バカっ! 私は高校一年生よ! ……台場マリ、兄貴は台場マイク。はぁ、じゃあ用件を言うね? 今朝はバカのせいで説明もできなかったから」
台場と名乗った少女がベンチに座ろうとした、が、足を滑って転びそうになった。
俺はとっさに台場を受け止めた。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
台場は真っ赤な顔をして――おとなしくなってしまった。
「う、うぅ、いい匂いがする。……がさつなおにちゃと違う。……はっ! だ、大丈夫に決まってるでしょ! さ、触らないでよ! あ、嘘、た、助けてくれてありがとう」
夏美は台場を白い目で見て、つぶやいていた。
「この子……チョロい子? 可愛いのにマジ……ていうか、なんか見たことが……」
台場がわざわざ俺の隣に座った。俺は夏美と台場に挟まれてしまった。
台場が帽子を外して……、メガネを外して、何やら髪型をイジイジすると、雰囲気が全く違う人間になった。
「……あんた、私見てもわからないの? ……ちょっと良く見なさいって! ……わかる?」
「い、いや、何を言ってるかわからん。な、夏美助けてくれ。話が脱線して進まない」
夏美ははっとした。
「あっ!? あ、あんた最近テレビでよく見るアイドル……に似てる? ていうか、そんなどうでもいいから早く話ししなさいって」
台場はポカンとした顔をした。
そのあと、笑い声をあげていた。情緒不安定か?
「あはははっ、私のこと知らないって……おにちゃ並に超面白いじゃん! ……そうそう、話ね? うちのボクシング部が今度大きな大会に出るんだけどさ、ちょっと色々あって団体戦の選手が足りなくて――、ねえ、うちの学校に転校して出てもらえないかな?」
「はっ? 意味わかんなくね? そんな大会で転校するって……」
「あんたに聞いてないわよ!! そ、そこの……えっと……」
「竹芝信士だ」
「そう、信士に聞いてるのよ! なんか、彼女っぽい子は黙っててよ!」
「はっ? 朝は彼女って言って、今は彼女っぽいってどういう事よ!」
なにやら夏美と台場が言い争いを始めた。段々と、エスカレートして、二人に挟まれている俺の身体に密着してきた――
俺は台場さんに言った。
「ち、近い。ほ、ほら落ち着いて。……俺は君の話を受けられない」
「え? な、なんでよ……、わ、私が可愛いから? おにちゃがバカだから?」
俺に迫る台場さんを宥めながら言った。
「……殴られ屋をしていたから、興味本位で高校ボクシングについて調べてたけど。確か、何ヶ月だかその部活に在籍してないと団体戦に……ルール上出れない、ごめん」
「へ? マ、マジ?」
台場さんはスマホを取り出して、調べ始めた。
そして――
俺にもたれかかりながら、渋い顔で真っ白に燃え尽きていた――
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