31 月夜のダンス
そうして、がたがたのダンスは始まった。
手を取り合って、音楽はない。危ないからと公爵も靴を脱いで、いい年をした大人が二人、月明かりの下で手を取り合って、数字を数え合っている。
一、二、三、四、
五、
「わ」
「うお、」
お互いに腕を引っ張り合って、つんのめった。
私なんかは、やっぱり酔ってるのかもしれない。そのまま草の上に崩れ落ちそうになる。それはそれで気持ち良さそうでいいかもな、と思ったりもする。
それを、さらっと公爵が繋ぎ止めてくれる。
彼はほっとした顔で、私の方はにっと笑う。多分、ちょっとネアネイラさんの笑顔と似た感じ。
「思い出しますね、最初の頃を」
「結局、こっちの方は上達しないままか」
そりゃそうです、と胸を張って私は言った。
そんな一朝一夕で、急に今までできなかったことができるようになるわけがない。舞台でそれなりに評価してもらえるようになったのはひとえに、
「ネアネイラさんが誤魔化してくれてるからです。先代聖女があの方だったのは、本当に幸運なことでした」
「案外、女神様も順番を見て選んでいるのかもしれないな」
「前の聖女が音楽上手だったから、次は下手なのでも大丈夫だろうって?」
そんなの、
「……女神様なら、ちょっとありそうかも」
礼拝室でのことを思い浮かべながら私が言うと、公爵は珍しく笑った。
「知り合いみたいな言い草だな」
「公爵様って、もっと笑った方がいいですよ」
びっくりしたらしい。
ぎくりとした顔をして、彼は動きを止める。急に止まられても、私は止まれない。おっとっと、とそのまま倒れ込みそうになって、また腕を引かれてくるりと回る。
「なんだ、急に」
「笑うと可愛いから」
「はあ?」
一度も聞いたことのないような声が面白くって、私はまた声を上げて笑ってしまった。しばらく公爵は呆気に取られた後、私の忠告を素直に聞いたのか、ふっと笑って、
「酔っ払いの世話は大変だ。知らんぞ。明日、二日酔いで起きられなくなっても」
そのときちらっと、私の頭の中に過った考えがあった。
こんなことを言ったり、こんな態度を取ったり。
公爵様を相手に、そんなことしていいの?
数字を数える。一、二、三、四、
五。
綺麗に、くるりと回った。
「あれ?」
「お、」
成功だ、と公爵は言った。それからちょっと自慢気に、
「成長したのは君だけではないということだな」
「ひそかに練習してたんですか」
「あれだけ君の歌を聴きに行っていたから、自然と覚えたんだろう」
でもまあいっか、と。
私に思わせるだけのことも、口にした。
「一生忘れないかもな」
最初に変な態度を取り出したのは、向こうの方なんだから。
今更何とかかんとか、こっちが言われる筋合いない。
「そこまで言うなら、もっと好き放題踊っちゃいますよ」
それからは、手加減抜きだった。
五拍子なんていうのは、私の持っているリズムの中でも初歩の初歩だ。七拍子に十一拍子、十七拍子に三十七拍子。ネアネイラさんから楽譜を渡されたときは「こんなの歌えるわけない」と思ったのに、実際にやってみたら鼻歌みたいに簡単にできてしまった、変わった拍子のステップで。
足は、何度か踏んでしまった。
だけど、
「さっき、ダンスに誘われたんです」
「――誰に」
「ティアーロ殿下に」
言うと、私が笑っているのとは対照的に、公爵は頭を抱えるような顔をした。
「あの人は……懲りるということを知らないのか。それでどうした、踊ったのか」
「殿下と踊ったら私、暴行で捕まっちゃいますよ。もうすぐ儀式なのに」
「恐ろしい聖女だな。ヒールを脱いでくれて助かった」
「でしょ」
私は、踊るのがこの人でよかったなあと思っている。
もちろんそんなこと、口には出せないけれど。
だって私は――
「ね、公爵様」
「ん」
「『推し』と踊るって、どういう気持ちなんですか?」
公爵は、少し悩んだ。
それから「その前に一つ訊きたいんだが」と口を開く。
「君は、酔っている間の記憶は残るのか?」
「知りません」
そうか、と。
彼は私の答えを聞くと、安心したように頷いた。
月下のステップ。お互いの手を取って、足を踏んだり、引っ張り合ったりして、
「永遠に覚めてほしくない、夢のようだよ」
この夜が終わらなければいいな、と。
私は、月並みなことを思った。




