表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/40

31 月夜のダンス



 そうして、がたがたのダンスは始まった。

 手を取り合って、音楽はない。危ないからと公爵も靴を脱いで、いい年をした大人が二人、月明かりの下で手を取り合って、数字を数え合っている。


 一、二、三、四、


 五、


「わ」

「うお、」


 お互いに腕を引っ張り合って、つんのめった。

 私なんかは、やっぱり酔ってるのかもしれない。そのまま草の上に崩れ落ちそうになる。それはそれで気持ち良さそうでいいかもな、と思ったりもする。


 それを、さらっと公爵が繋ぎ止めてくれる。

 彼はほっとした顔で、私の方はにっと笑う。多分、ちょっとネアネイラさんの笑顔と似た感じ。


「思い出しますね、最初の頃を」

「結局、こっちの方は上達しないままか」


 そりゃそうです、と胸を張って私は言った。

 そんな一朝一夕で、急に今までできなかったことができるようになるわけがない。舞台でそれなりに評価してもらえるようになったのはひとえに、


「ネアネイラさんが誤魔化してくれてるからです。先代聖女があの方だったのは、本当に幸運なことでした」

「案外、女神様も順番を見て選んでいるのかもしれないな」

「前の聖女が音楽上手だったから、次は下手なのでも大丈夫だろうって?」


 そんなの、


「……女神様なら、ちょっとありそうかも」


 礼拝室でのことを思い浮かべながら私が言うと、公爵は珍しく笑った。


「知り合いみたいな言い草だな」

「公爵様って、もっと笑った方がいいですよ」


 びっくりしたらしい。


 ぎくりとした顔をして、彼は動きを止める。急に止まられても、私は止まれない。おっとっと、とそのまま倒れ込みそうになって、また腕を引かれてくるりと回る。


「なんだ、急に」

「笑うと可愛いから」

「はあ?」


 一度も聞いたことのないような声が面白くって、私はまた声を上げて笑ってしまった。しばらく公爵は呆気に取られた後、私の忠告を素直に聞いたのか、ふっと笑って、


「酔っ払いの世話は大変だ。知らんぞ。明日、二日酔いで起きられなくなっても」


 そのときちらっと、私の頭の中に過った考えがあった。


 こんなことを言ったり、こんな態度を取ったり。

 公爵様を相手に、そんなことしていいの?


 数字を数える。一、二、三、四、

 五。


 綺麗に、くるりと回った。


「あれ?」

「お、」


 成功だ、と公爵は言った。それからちょっと自慢気に、


「成長したのは君だけではないということだな」

「ひそかに練習してたんですか」

「あれだけ君の歌を聴きに行っていたから、自然と覚えたんだろう」


 でもまあいっか、と。

 私に思わせるだけのことも、口にした。


「一生忘れないかもな」


 最初に変な態度を取り出したのは、向こうの方なんだから。

 今更何とかかんとか、こっちが言われる筋合いない。


「そこまで言うなら、もっと好き放題踊っちゃいますよ」


 それからは、手加減抜きだった。


 五拍子なんていうのは、私の持っているリズムの中でも初歩の初歩だ。七拍子に十一拍子、十七拍子に三十七拍子。ネアネイラさんから楽譜を渡されたときは「こんなの歌えるわけない」と思ったのに、実際にやってみたら鼻歌みたいに簡単にできてしまった、変わった拍子のステップで。


 足は、何度か踏んでしまった。

 だけど、


「さっき、ダンスに誘われたんです」

「――誰に」

「ティアーロ殿下に」


 言うと、私が笑っているのとは対照的に、公爵は頭を抱えるような顔をした。


「あの人は……懲りるということを知らないのか。それでどうした、踊ったのか」

「殿下と踊ったら私、暴行で捕まっちゃいますよ。もうすぐ儀式なのに」

「恐ろしい聖女だな。ヒールを脱いでくれて助かった」

「でしょ」


 私は、踊るのがこの人でよかったなあと思っている。

 もちろんそんなこと、口には出せないけれど。


 だって私は――


「ね、公爵様」

「ん」

「『推し』と踊るって、どういう気持ちなんですか?」


 公爵は、少し悩んだ。

 それから「その前に一つ訊きたいんだが」と口を開く。


「君は、酔っている間の記憶は残るのか?」

「知りません」


 そうか、と。

 彼は私の答えを聞くと、安心したように頷いた。


 月下のステップ。お互いの手を取って、足を踏んだり、引っ張り合ったりして、



「永遠に覚めてほしくない、夢のようだよ」



 この夜が終わらなければいいな、と。


 私は、月並みなことを思った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ