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21 優柔不断



「正直、ダンスについてはあんまりアドバイスすることがないんだな。私が大して得意な分野でもないから」


 とネアネイラさんは言うけれど、少なくとも私より上手かったし、何より、彼女がつけてくれた曲のリズムは私の動きにとても良く合った。


 歌さえ多少できるようになってしまえば、元々の運動能力をちょっと活かすだけで、さらっと形としてまとまってしまうくらいに。


「というわけで、まずは失敗してもいいから思い切りやってくるといいよというのが、先輩から言える全てだね。大丈夫そうかい」

「はい。ちょっと緊張はしますけど」

「適度な緊張はパフォーマンス向上の鍵だ。準備万端ってことだな。……っと、どうした?」


 呼ばれてネアネイラさんが去っていくから、私はいつもの舞台袖に一人取り残される。


 最初の頃は、ここの暗さに不安をかき立てられていたけれど、もうだいぶ慣れてきた。むしろ、その向こう。眩いステージの方が不安の対象としては強く印象づいていて、だから、この場所が心地よくも感じる。


 その心地よさのなかで、これからやることを、頭の中で組み立てている。


「聖女様」

「はい?」


 それが一段落するよりも前のことだ。ネアネイラさんが戻ってきた。

 返事は疑問形になったけれど、私のことを「聖女」と呼ぶくらいだから、大体用事はわかっている。私はもう腰を浮かせていて、大丈夫ですよ、と話を聞くよりも前から答えている。


「こちらの方が、上演の前に聖女様にご挨拶されたいと」


 紹介されたのは、彼女の隣に立っている男の人だった。

 年は三十前後くらいだろうか。眼鏡をかけた穏やかそうな人で、伯爵だという。私よりも普段はよっぽど偉い人だろうに、妙に恐縮した様子で、


「いやあ、実は私、十年前の聖女様の公演は体調が優れず見逃してしまいまして。もちろん本番の儀式も貴族の一人として参列させていただくつもりなのですが、万が一に備えて王都に立ち寄った今回を逃す手はないと――」


 つまり、期待しているということらしい。


 最後には握手をして別れた。こういうことは、たびたびある。特に王都から遠い領地を持つ貴族の方々は、何かあれば儀式に参列できない可能性もあるからと、こうして予行の前後にしっかりとした挨拶に来てくれる人も多い。


「今の方、」

 足音が聞こえなくなってから、私は言った。


「ネアネイラさんがその『見逃した』先代だということには気付いていたんでしょうか」

「さあ。気付いて声を掛けてくるようだったら、再演してあげてもよかったけどね」

「ネアネイラさんの代わりに私の歌じゃ、だいぶ見劣りしちゃいそうです」

「そんなことないさ」


 とん、と柔らかく彼女は、私の背中を叩いた。


「そんなに単純なものじゃない」




 そうして私は、いつものように光の下に送り出されていった。


 姿を見せると、わっと一斉の拍手が迎えてくれる。ここでの礼だけは、一度も緊張したことがなかった。身体を折って、伸ばすだけ。歌ったり踊ったりと比べれば、私にとってはずっと容易い。


 その間に私はふと、昔のことについて考えていた。


 まだ学生だった頃だ。私は同級生たちに、面接の練習に付き合わされていた。引っ張り出された理由は簡単で、「一番上司っぽいことが言えそうな人だから」とのこと。


 みんな、自分がどんな人間かを訊かれて困っていた。

 あなたはどんな人ですか、なんて訊かれてすぐに答えられる人はなかなかいないだろう。だから私は、そのときだけ面接官のふりをやめて、ただの友達として伝えた。私から見て、あなたはこう見えているよ。こんな良いところがあるよ。


 他人を一言で表すのは、意外と簡単だ。

 だって、その人の全部を知っているわけじゃないから。


 ネアネイラさんなら芸術肌とか、王子なら陽気とか、マーガレットなら器用とか、簡単に言えてしまえる。人は誰かと接するとき、自分の全部を見せるわけじゃないから。他人からすれば、一番わかりやすい面だけを捉えて言葉にしてしまえる。


 自分のことだから、難しい。

 全部を知っていると、かえって自分がどんな人間なのか、わからなくなる。


 でも、もしも今の自分を一言で表すとするなら、『優柔不断』が相応しいと思う。


 昔からそうだった。本当は学校に入ってすぐの頃、年上の男の子でちょっといいなと思っていた子がいた。それに、夏休みのお祭りで友達に告白されたとき、内心、結構揺れていた。卒業式の後、「実はずっと好きだった」と言われたときに「早く言ってよ」とも思った。


 でもな、と思っているうちに、みんなが私を置き去りにしていっただけ。


 私が自分で決めたことっていうのはそんなに多くはなくて、マーガレットから言われるみたいな一途な乙女でも、頑固な初恋至上主義でも、何でもない。私はただ、ああでもないこうでもないって自分でうじうじしているうちに、色んなことを見逃してきただけだ。


 だから、たまにはこういうのもいいだろうと思った。


 顔を上げる。

 曲が始まる。



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