20 勘違いしないでくださいね
まるで借り物競争みたいだ。
私は思い出していた。学校でも、そういう行事があった。あのとき私は何と書かれた紙を引いたんだっけ。覚えていないということは、多分大したことのないものだったんだと思う。
今の私は、この人にとってどういうものなんだろう。
公爵に手を引かれている。あの、と声を掛ける。それで気付いたのかもしれない。彼は驚いたように振り返る。手を放す。
噴水の前と比べれば、あんまり明るい場所じゃない。
どこかの渡り廊下の外れのような、そんなところに立っていた。
訊ねようか、と私は思った。でも、それよりも先に公爵が口を開いた。
「ティアーロ……殿下は、」
すごく言いにくそうな調子だった。
そういうことを口にするとき、目線を外すのは癖なんだろうか。彼は私を視界の端に収めながら、けど、私の後ろに立っている木に話しかけでもしているみたいな半身で、こう続ける。
「人当たりは大変よろしい方だが、誰にでもああだ」
全然、話の繋がりがわからなかった。
はあ、と私は相槌を打つ。そのまま公爵の言葉を待つ。彼は、もっと言いにくそうにした。つまりとか、そのとか、間を埋めるための言葉を何度か口にした。
「君にだけ優しいわけではない」
「それは、そうだと思いますが」
「だから……そのだな」
「はい」
「……こういうのは、性に合わん」
単刀直入に言う、と。
急にきっぱり、彼は背筋を伸ばす。私を見る。距離を詰めてくる。肩でも掴んでくるような勢いに、私はちょっとのけぞりそうになって、
「あの方はな、女癖が悪い。そういうことを承知の上でというなら止めないが、そうでないならやめておけ」
きょとん、とした。
全く予想していない方向の言葉だったからだ。
「ええと、」
ここまでに至る状況を、改めて頭の中に浮かべてみる。そんなに複雑なことじゃない。令嬢方に誘われたお茶会から、私は王子に連れ出された。連れ出された先で、二人で話していた。
公爵は、どこで私と王子が二人でいることを聞いたんだろう。
本当にたまたま私たちを見かけただけなのか。
それとも、誰かに何かを吹き込まれてきたのか。
「もしかして、急用というのはそれですか」
「……まあ、その通りだ。余計なお世話だったなら、悪かった」
一応な、と公爵は言う。
「俺も後見人として最低限の務めは果たすつもりだ。もちろん、聖女である君が本気で王子を好いているというなら政治的圧力をかけていくにもやぶさかではないが――」
「ちょ、ちょっと待ってください」
そんなことはないんです、とわざわざ私は根も葉もないその想像を否定しなくちゃいけなくなった。
そんなに難しいことじゃない。起こったことを順番に説明していくだけだ。公爵もそんなに頑ななわけじゃない。すぐに「そういうことか」と拍子抜けしたような顔になって、肩の力を抜く。
心配事がなくなったみたいで、羨ましい。
大変なのは、こっちの方だ。
私は一応、最後まで丁寧に説明を続けている。説明を続けながら、考えている。
この人は、どうしてそんなに必死になってここまで来てくれたのだろう?
うっすらと汗をかいているようにも見えた。それは夏だからだろうか。それとも、ものすごく急いで、大慌てで来てくれたからなんだろうか。それに、ついさっき王子から聞いたことが頭の中でぐるぐる回っている。
今、アダンのやつの恋の噂で社交界は――
「公爵、」
ん、と彼が返事をする。私は考えている。
訊いてみたかった。こんな噂が流れているんですよ。どう思いますか。本当なんですか。あなたは恋をしているんですか。私のことを覚えていますか。ずっとずっと昔、一人の小さな女の子に優しくしたことを覚えていますか。
私があなたのことを、どう思っているかわかりますか。
その答えを私自身、よくはわかっていなくて、
「――もしかして、公爵は少しそそっかしい方なんですか?」
初めて、これだけ砕けた言葉を伝えたかもしれない。
公爵も意表を突かれた顔をした。その表情がおかしくて笑えば、彼は気を悪くした風でもない。首の後ろに手を当てて、
「初めて言われた……が、否定する材料がないな。この間といい、今回といい」
それで、もう一つ訊きたいことが増える。
その言いぶりだと、前の「勘違いするなよ」も、何かしら含みがあったことがわかってしまう。公爵はそんな風に、いつも迂闊なことを言ってしまう人なんだろうか。それとも、私が相手のときだけ? お互い、それほど知っている仲じゃない。たった一つの春と夏を過ごしただけだから、いくらでも想像の余地がある。
きっと、私は答えに辿り着けない。
だから、
「本当ですよ。私と王子は、そういう関係じゃありませんから」
まずは自分のことから決めようと、私は思った。
「勘違いしないでくださいね」




