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19 昔話



「あらっ? それじゃ余計なお世話だったな」


 親切心だったという。


 連れ出された先は、この間公爵にも連れていかれた中庭だ。あまり王宮の地理に詳しいわけではない……というか、聖女の役目が終われば市井に帰っていく予定の私があまり詳しくなってもいけないのだけど、目立つ噴水があるから、流石にわかる。


 ティアーロ殿下は言った。


「てっきり令嬢方に連れ去られて嫌みでもチクチク言われてるのかと思って、カッコよく助けに入ったつもりだったんだけど」


 そんな、と私は言う。


「皆さんにはとても優しくしていただきましたよ」


 実際のところ、本当に心から優しかったのかはわからないけれど、少なくとも表面上はそういう風に接してもらえていた。表面だけでも整っていたのなら、この一件に関しては私はフォローに回るべきだろう。あの令嬢方は、私と違ってこれからも王子と付き合っていくことになるのだろうから。


「しかし、殿下のお気遣いも大変嬉しく思います。ありがとうございました」

「かえって気を遣われちゃ、こっちも立場がないな。ちなみに、扉の外から聞く限り結構盛り上がってはいたみたいだけど、何の話をしてたんだい」

「音楽歴の話をしていました」


 という説明も嘘ではないけれど、私だってわかる。あのとき、令嬢の皆さんが話そうとしていたのはそっちじゃない。多分、その後。


「元々歌はからきしでしたので、王宮に来る前はウィンスカーレ公爵にご指導いただいていたと」


 ああ、と王子は笑った。

 その笑い顔が、結構いたずらっぽいというか、波乱を巻き起こしそうというか、そういう感じだった。


「そりゃあ令嬢方も盛り上がるわけだ」

「……そうなんですか」

「そして君を救出しにいった僕の判断も間違っちゃいない。あのままだと君、根掘り葉掘りだっただろうから」


 何せ、と彼は、



「今、アダンのやつの恋の噂で社交界は持ちきりだ」



 私は、自分が安全な場所にいるかどうかを確認した。

 身体的な話もそうだ。右左、前後ろ。誰も他にいないことを確かめる。それから、精神的というか、立場的とか、そういうことも。


 たっぷり時間を取ってから、相槌を打つ。


「誰とでしょう」

「君と」


 面白くてたまらないらしい。

 満面の、蕩けるような笑みで、王子は言った。


「――ええっ!?」

「はは、知らぬは本人ばかりだな!」


 彼はそのまま、懇切丁寧に説明してくれた。


 男性陣の中での社交界の華といえば、自分とアダンの二人しかいないと言っていい。そしてアダンは、すでに公爵家当主としての地位を得ながらもいまだ独身のまま。その恋愛の動向には誰もが注目していた。


 そこに私が――聖女が現れた、と。


「い、いえ。私と公爵は、そういった関係ではありません」

「実際どうかってことは関係ないのさ。アダンはちょっと堅物すぎる。浮いた噂どころか周囲に女性の影すら差さなかったものだから、ちょっと周りに可愛らしい女性がいればそれだけでもう大問題だ」


 特に恋物語に目がないお嬢さん方なんか、もう大熱狂さ、と。

 言われて私は、困る。大熱狂されても。実際、王子にも言った通り私たちはそういう関係ではないのだ。公爵からしても、そんな噂が立ってしまえば困るだろう。迷惑だろう。


 そうやって、自分に言い聞かせる。


「しかし、本当にそういう関係じゃないのかな?」

 けれど覗き込むように、王子は言った。


「本当に、とは」

「そのままの意味」


 私がのけぞると、その分王子は距離を詰めてくる。


「僕は長年、アダンの友達をやってきたつもりなんだよ。昔の、もうちょっと明るかった頃のあいつも知ってる」


 これからの話の流れより、今言ったことの方が気になってしまった。

 明るかった頃、という言葉。


「それは……何か、公爵様に良くないことがあったということでしょうか」


 訊ねると、その言葉を拾われたのが意外だったのだろうか。王子は目を見開いた。それから、ああいや、と気まずそうに、


「そこまで深刻な話ってわけじゃない。ちょっとあいつ、父親との関係で仕事しすぎっていうか、抱え込みがちになったっていうか……。まあ、そこは重要な話じゃない。要点は、ああいう堅物を絵に描いたような男が、君の舞台には毎週足繁く通ってるってこと」

「それは、単に後見人としてのお役目からだと思いますが」

「歴史上、転びそうになった聖女様に向かって立ち上がって、『頑張れ!』なんて叫んだ熱血はいない」


 逃げようとした先を、ちょうど塞がれたような形になる。

 王子の唇が、にっと三日月の弧を描く。


「個人的には、本当だった方が――」

「殿下」


 割り込む声がした。

 びっくりして私は振り向く。声の通りの人がいる。


「お話の途中で失礼。聖女様に急用がありまして」


 公爵が、そこに立っている。

 彼と目が合う。合わせろ、という視線。それは一瞬だけのことで、瞬きしている間にはもう、彼は王子に向き直っている。


「ご歓談中のところ大変失礼ながら、少々お借りいたします」



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