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 実際のところ、効果のあるやり方ではあったと思う。

 舞台に立つたびに、少しずつ自分でも『慣れ』というものが実感できるようになってきた。


 不思議なものだと思う。人の前に立って、これだけ豪華なステージの上で場違いな歌を披露しているということ自体は何の変わりもないのに、少しずつ自分の中で気持ちが切り替わってくる。ここはこういうことをする場所なんだと、自分はそういうことをする人間なんだと、素直に思えるようになってきた。


 気持ちが変われば、動きも変わる。

 肩の力が抜けてきて、歌声にも――こんなことを言うのはなかなか生意気だと自分でも思うけど――伸びのようなものが出てきたような気がする。


 ネアネイラさんがいくつか試作として私に与えてくれた楽曲も良かった。

 聞き慣れた曲をアレンジしてくれたものもあれば、一から作ってくれた全く新しい曲もある。そのどれもが妙に歌いやすいのは、彼女の言うところの『リズム』が合っているからなのだろう。音程も、私が無理なく出せる範囲なんてすごく狭いものなのに、その狭さの中でもすごく綺麗な曲に仕上がっている。なるほど、と私は思った。先代がこれでは、次の聖女に音楽的な期待をかけられるのも、その期待を裏切っても単なる納得くらいしか観客の顔に浮かばないのも、当然のことなんだろう。


 総じて言えば、過ごしやすい日々が続いていた。


 王宮で受けるやたらに豪華な接待にはしばらく戸惑っていたけれど、重要なのは儀式の準備を進めることであって、周りに気を遣うことではないとしっかり自覚してからは、開き直ることもできた。接待してくれるというのだから、存分にしてもらえばいいのだ。


 ご飯を食べて、服を着替えて、歌って、踊って、お風呂に入って、ぐっすり眠る。

 その日々の繰り返しが今の私の全てだった。




「そろそろこう呼んでもいいかもね」


 ある予行練習の前。

 舞台袖でいつものように私にアドバイスをしてくれていたネアネイラさんは、こんなことを言った。


「味のある素朴な歌声の聖女って」

「……ちなみに、その前は?」

「前衛芸術家」

「前衛芸術家に失礼じゃありませんか?」


 私がそう言うと、はは、と彼女は笑った。


「いや、私もたまに前衛音楽家になるけどね、そんなに変わんないよ。それよりこれは結構すごいことだよ、君」

「というと」

「相変わらず変なリズムで歌ってはいるんだ。特にこの国では。それが全く素朴に聞こえるっていうのは、音域もそうだけど元の声質の問題だ」

「ダメなんですか?」

「その逆。変わった音楽を普通に聞かせられるって、かなり面白いことだよ。綺麗にまとめ尽くされているでもなければ、珍奇なものだけで構成されて取っ掛かりがないってわけでもない。こういうのがちょうどいい『味がある』だ」


 いつものことだけど、ネアネイラさんの言葉は、褒めているのかそうでもないのかよくわからない。

 にやっと上がった口元のせいもあるのかもしれないけれど、それよりも単純に、言っていることや感じているらしいことが専門的すぎて、いまいちそれがどういう意味を持つのかわからないのだ。単純に「こういう音楽になってるねえ」と状況を共有してくれているだけな気もする。


 しかし、予行演習も数回を重ねる中、当然それまでの練習を共にしてる彼女とは、それなりに打ち解けてきたとは思う。


 だから、とにかく、


「行ってきます。後でまた、アドバイスを貰えれば」

「はいよ。行ってらっしゃい」


 そんな風に見送ってもらって、私は舞台に上がっていく。


 初回のお披露目よりは、ずっと人が減っていた。


 それは当たり前で、聖女なんて言われつつも所詮は素人の、それも本番でもない練習の歌を聴くくらいなら、ネアネイラさんが長を務める楽団の定期公演の観客になった方が、何百倍も良いに決まっている。


 だから、お客はまばら。

 いるのはたとえば、義務感がありありと感じられる信仰心の厚い中央貴族の皆さん。王宮に立ち寄るのは久しぶりで、折角だからと寄ってみたら拍子抜けしましたというお顔の地方貴族の皆さん。今日は珍しいなと思ったのは、この後に王宮でお茶会でもあるのだろうか、お若い貴族令嬢の一団もいた。


 そして、真正面。

 真ん中に座って、一際存在感のある形で、まるで本番を見守るみたいな顔をしている人もいる。


 いつもいる。

 公爵だ。


 歌もステップも、最後までミスなくやってのけた。あれ以来、私は滅多なことでは失敗しない。全くと言えないのがちょっと不安なところだけど、思い返せばこれまでの人生、私は試験というものに落ちたことがない程度には本番に強い。何とかなるだろうと楽観的な気持ちで、素直に自分の進歩に達成感を覚える。


 目が合う。

 ちょっとだけ、公爵が笑う。


 私はもちろん、聖女としての顔以外は前に出さない。心臓に悪い人だなあと思いながら微笑み返して、その微笑みを客席全体に向ける。今日もお付き合いいただいてありがとうございました。拍手と共に舞台袖に下がる。ネアネイラさんから簡単なアドバイスを貰いながら今日の練習を振り返って、じゃあ具体的なことは明日また、と打ち合わせを終える。手伝ってもらいながら普段着――といっても、これだって前までの私ならくらっと眩暈を起こしてしまうような上等なものだけど――に着替え直す。


 そのときのことだった。

 がやがやとした声が更衣室の外、廊下の方から響いてくる。何だろうと顔を出す。


「あら、ちょうどよかった」


 すると、その声の出元らしい人たちがそこにいた。

 さっき客席にいた、貴族令嬢の方々だった。彼女たちは、私のことをじろじろと見る。頭からつま先まで、本当にじっくりと。


 ふうん、とそれから頷いて、


「今からお時間はございます? よろしければわたくしどもとお茶しませんこと」


 聖女様、と言った。




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