16 脈
私は、その言葉を解釈するのにしばらくの時間をかけた。
まず、公爵の真意をしっかりと理解するところから始めた。伝えたいのは後半のことだろう。自分が声を上げたのは、ただあなたがしっかり結果を出せるよう応援したかったからです。これはわかる。どうもありがとう。今までお忙しい中練習にもずっと付き合ってくれていたし、本当に良い人だと思います。
問題は、多分本人がそんなに重点を置かなかったであろう前半。
勘違いするなよって、何?
何なら、後半部分をちゃんと聞く前から私はそういうことだと思ってたのに。だから「勘違いするな」の続きに来るのは「別にあれは純粋な応援ではなく、単に後見人としてうんぬんかんぬん」という話なんだと思っていた。
でも違った。
じゃあ、公爵は私が何をどう勘違いしてると思ってたの?
私はこの人の中で、何をどう勘違いしていることになってたの?
「それは……」
口を開いてみる。公爵の肩がびくりと上がる。口を閉じる。
慎重にだ。
慎重に行かなきゃダメだ。
もしかしたら、視線にそういうのが出ていたのかもしれない。いやでも、昨日のあのときまでは別に公爵に対してそういう目を向けていたわけじゃないわけだし。滲み出すも何もない。じゃあ公爵の方が逆に勘違いしてたんじゃない? いやでも、やっぱり公爵ほどの人にもなると色んな人から言い寄られることもあるだろうし、つまりそういう予防的な措置が癖としてついていて私に対しても一応警告しておいた方が安心だろうとかそういうことなのかもしれなくて、
「あの、」
その顔は何?
そのやけに恥ずかしそうな――「するな」って言った勘違いの方が正解だってことを顔に書いてみたみたいな、その表情は何?
勘違いって何?
本当に勘違い?
そんなの、私にする余地があったの?
「――はい、わかりました」
結局、私はにこやかに笑ってそう言った。
一秒にも満たない時間だったと思う。多分生まれてから今までで、一番思考の密度の高い一秒だった。
笑顔もきっちり張り付けた。だから動揺も、特にバレてはいないと思う。
そのはずだと思う。
「……そうか」
「はい」
そうしてまた、会話は途切れた。
結局、私は何のために連れ出されたんだろう。そんなことを本気で探ろうとすると、また自分で変な思考に迷い込んでしまう。だから、頭の中で勝手に結論付けた。
普通に、応援しにきてくれだんだろうなと。
昨日の失敗未遂のこともあったし、心配して見にきてくれたんだろうなと。
「折角公爵様にもご指導をいただいた身ですから。相変わらず、そんなに自信があるわけではありませんが、ネアネイラさんと一緒に頑張ります」
そして、この返しで正解だったらしい。
ふ、と公爵の口元が緩んだ。そうか、ともう一度言ったけれど、今度は妙な含みを感じない。
「そうだな。何か困ったことがあったら、いつでも呼びつけてくれ。後見人だからな」
「はい。いつも助かります」
「そう言ってもらえるなら――」
光栄、という言葉が続くはずだったんだと思う。
「や!」
続き切らなかったのは公爵の肩をどすんと抱いた人がいたからだ。
私はびっくりしてしまった。公爵ほどの人を相手に、これほど乱雑な扱いをする人が王宮にいるとは――そして遅れて、「王宮だからか」と思い直す。
公爵よりもやや背は小さい。
長い金の髪をなびかせた、若い男の人。
昨日の客席で、見覚えがある。
「アダンが珍しく麗しい女性と一緒にいると思ったら、ちょうどよかった! 聖女様じゃないか!」
王子だった。
この国の第一王子、ティアーロ。
友人なのだろうか。王子は親し気な様子で公爵の肩を叩く。それを公爵は、虫でも払うように手の甲であしらう。おっと、とまるで犬に甘噛みされたみたいに、ひょいっと王子はその手を引いて、
「いやあ、昨日のお披露目は堪能させてもらったよ。昨日の今日でのスケジュールだったから大変だっただろう」
堪能、というのが婉曲な責め言葉の可能性もあった。
だから私は、一瞬公爵に目線を送る。送られた方は、けれど珍しい反応だった。表情で、こんな風に伝えてくる。
気にするな。
見たままのやつだ。
「お聞き苦しいものを披露してしまい、大変恐縮です」
「いやいや! 聞いているよ。元は音楽なんてほとんどやったことなかったのに、アダンと一緒に二人三脚でやってきたそうだね。僕も覚えているよ。楽器に触り始めた頃のあの思うようにいかない苛立ちといったら――」
「殿下。ご用でしたら速やかにお願いします。聖女様には、練習を中断していただいておりますので」
そんな、と私もポーズだけは取っておく。
ちぇっ、とわかりやすく王子は唇を尖らせる。それでも公爵の言葉を素直に聞いて、
「毎週予行練習をすることになったから」
「は?」「え?」
「昨日の緊張ぶりを見て、もう少し舞台慣れした方がいいんじゃないかと思ってね。ネアネイラに聞いたら、多少人手があれば音楽ホールの確保もできるっていうから、開けておいたよ」
開けておいたよ、って言われても。
公爵が王子に食ってかかる。おい「することになったから」って後見人の俺を差し置いて何を勝手な――。一方で王子も、何食わぬ顔で答える。おいおい、聖女様を独り占めしようったってそうはいかないぜここからの練習スケジュールは王宮の預かりなんだ――。
そして私は、その横でぽつんと、こう思っている。
一難去って、また一難。




