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13 申します



 一番最初に、学校に入ってからすぐの期間を棒に振った。

 好きな人ならもういるもん、と自分で思っていたからだ。


 あの子かっこいいねかわいいねの期間を、そうやって「自分には関係ない」という顔をして過ごしてきた。すると不思議なもので、段々本当に周りに対してそういう気持ちが芽生えなくなってくる。


 でも、十代の恋なんて大体は学校の中でするもの……なのかはよくわからないけど、そうなると、全く機会がなくなってしまった。


 確固たる意志を持って始めた物事は、その確固たる意志がなくなってからもずっと、習慣として残ってしまう。そうしてずるずると、信じられないほど幼い頃の初恋を後生大事に抱えてしまっている変な人――つまり、私は出来上がった。


 そろそろまずいな、と自分でも思っていた。


 そろそろ出会いの場に出ていった方がいいかな、いやでも私も今の仕事をずっと続けていくのかわからないしもうちょっと自分自身の人生の基盤を固めてからの方がいいかな。そういうことを考えながら、日々を過ごしていた。


 そして聖女に選ばれて。

 そろそろ完全に埋葬されるはずだった初恋が、土の下から蘇ってきた。


 ウィンスカーレ公爵、アダン・ウィンスカーレ。


 幼い頃の初恋の相手がその人だと気が付いた私は――衝撃のあまり、特にお披露目の感慨に浸ることもなく、さっさと眠りに就いた。




「…………」

 そして起きた。


 起きたら心の整理がついているんじゃないかと思ったけれど、全くそんなことはなかった。

 入眠に掛かった時間を全く覚えていない。ベッドに横たわった瞬間から意識がない。おかげさまでぐっすり寝られたらしくて、勝手に身体と頭はすっきり冴え渡っている。


 その冴えた状態で、考える。


 今更?


「今更~……?」

 流石に、声にも出た。


 ふかふかのベッドの上で考える。折角そろそろ区切りをつけるところだったのに。忘れかけたところにそんな、割って入られても。


 これが十年前だったら、いや五年前、三年前でも両手を挙げて喜べただろうに。私がずっと昔から好きだったあの人は、実は若くして領地を経営する大貴族、ウィンスカーレ公爵様だったのですなんて、もう胸を高鳴らせて仕方のない衝撃的な真実だっただろうに。


 今になってみると。

 困る、としか言いようがないんだけど、


「聖女様、お目覚めになりましたか?」

「あ、はい」


 扉の外から声がして、返事をすればぞろぞろと人が入ってくる。早速の朝の支度の時間だ。されるがままながら、私は全然関係ないことも考えている。貴族の人って、毎朝こんな感じなんだろうか。それとも貴族社会での身だしなみの整え方なんか平民出身の聖女様は知らないだろうからと、気を遣ってもらっているんだろうか。どっちにしろ、素直に寄り掛かってしまえば楽なことは間違いない。


 それから私は、ふっと思い直した。

 別に、困る必要もないんじゃないか。


 こんなことを思っているのは私の方だけなんだし。いくら何でも、十年以上前の一瞬のことを向こうが覚えているわけもないだろうし。そもそも向こうは公爵で、私は平民。とてもじゃないけど、そういう関係になりようがない。


 うん、と頷く。

 ちょうどいいから、あのペンダントも、家に帰ったらクローゼットの奥にでも封印しよう。


 そう思ったら、気が軽くなってきた。


 聖女に選ばれたのもこのためだった気がしてきた。女神様が、哀れにも過去の思い出に囚われている私を見かねて「それこうだよ」と教えるために――では、流石にないだろうけど。それでも私にとっては、良い転機になったと思う。


 よく思い返してみれば、憂鬱だったお披露目もいつの間にか終わっている。


 後は、本番の儀式に向けて歌とダンスを向上させていくだけ。

 聖女としての役目が終われば、張り切ってこれから、第二の人生を歩んでいこう。


「本日は朝食後、歌のレッスンを予定しております。聖女様、ご体調の優れない点などはございませんか?」

「ありません。ぜひ、よろしくお願いします」


 そう思えば、それからの足取りも軽かった。


 ぐっすり寝てたっぷり食べたおかげで、元気も十分だ。付き人の皆さんに案内された先、扉を開けて見えた公爵家の別荘以上に豪華な音楽室を見ても、もうそれほど動揺しない。


「おはようございます、聖女様」


 けれど、そこで待っていたその人の姿を見たときは、流石にちょっと気まずい思いになった。


「おはようございます。昨日、伴奏を務めてくれた方ですね」

「ええ、どうも。覚えてもらって光栄です」


 昨日のお披露目で一緒になった人だったからだ。

 女の人だ。私より十以上は年が上だろうか。楽団の制服らしい衣装に身を包み込んでいる。何となく笑い方にニヤッとした癖があって、その表情の作り方にいかにも曲者という印象を覚えてしまう。


 でも流石に、それは音楽家の人に対する偏見かもしれない。

 彼女が手を差し出す。握手の時間。私も素直に右手を差し出せば、彼女はパッとそれを取って、上に下にと軽く振る。


「今回の聖女に選ばれました、サラと申します」

「前回の聖女に選ばれました、ネアネイラと申します」


 えっ、と私が驚くと、ますます彼女の笑みは深くなる。

 いたずらに成功したような表情で、


「今は王宮楽団長で、今日からは君の指南役。びっくりした?」



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