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10 大変ですね



「なぜ……」

 と絶句までされたのをどう取るべきか。


 それだけ私のテーブルマナ―が卓越していたと見るべきか、あるいは、


「何もできないように見えていましたか」

「いや、そういうわけではないんだが……すまん」


 何もできないように見えていたらしい。

 歌もダンスもびっくりするくらいに下手だから、後のことも何もかも、壊滅的に全てができない人だと思われていたらしい。


 そんなわけがない。

 人には得手不得手というものがあるのだ。


 食事の場所は、そのまま公爵邸だった。今までに入ったことのないダイニングルームに通されて、本番さながら、ものすごく広いテーブルにぽつんと二人で座る。公爵家専属のシェフが作ったのだろう料理が運ばれてくる。


 食前酒、前菜、スープに魚料理に肉料理にサラダに氷菓……この国は元がある程度文化的に分かれていた国々の集合でできただけあって、地方によってそれぞれ、こういう格式ある食事の種類や順番にちょっとした違いがある。


 でも、私はちゃんとそれを知っている。


「学校でもテーブルマナー講座をするんです」


 鴨肉を口に運んで、飲み込んで、私は言った。


「領都や王都に出て仕事をするようになれば、そういう食事の場に出ることもありますから。子どもたちが将来、そういう些細なことで躓いて道を塞がれないようにと」

「それは知っていたが、完璧だな」

「合格ですか」

「合……そうだな。驚いた」


 ありがとうございます、と頭を下げながら、私は実のところほっとしている。確かに今言った通り、テーブルマナーは学校で教わる。けれど、高位貴族を前にしてそのマナーを実践した機会なんて、これまでにない。その上それほど稼ぎがあるわけでもないし、平凡な家の生まれだから、こういうマナーが要求されるクラスのお店に行ったことだって、ほとんどない。


 実際に通用することがわかってよかった。


「これなら王宮で並んで食事をしても心配はなさそうだな。馬車での移動の間に他にも礼儀作法について確認しようと思っていたが、どうだ。不要か」

「お手間でなければ、してもらえると助かります。実際に貴族の方の目から見てどう映るのかは確認しておきたいので」


 わかった、と公爵は頷いた。

 それと扉がノックされるのは、ほとんど同時だった。


「入れ」

「失礼します」


 入ってきたのは、文官と思しき人だ。もう何度も顔を合わせているから、覚えている。目礼を交わし合う。お食事中失礼します。いえいえ。


「先日に備蓄案の変更があった農業部会の関係なのですが――」

「今来ているのか?」

「はい」

「すまない、少し席を外す」


 本当に少し席を外した。

 氷菓が運ばれてきて、融けるより前には公爵は戻ってくる。かけた時間の割に重たい仕事だったのか、彼は小さく息を吐いてもいたから、私も礼儀の一つとしてこういうことを言っておく。


「お忙しいところ、いつもありがとうございます。お時間を割いていただいて」

「気にするな。これも仕事の一つだ」


 そして、ばっさりとその礼儀を切られてしまう。


 何となく、私は思う。いくら私が聖女に選ばれたとはいえ、これだけ長い時間を音楽指導に割いてくれたこの人が、つっけんどんだとか厳しいだとか、そういう風に噂されているらしい理由。それは多分、こういうところなんだろう。気遣いに対して壁を張るというか、「当然だ」とか「これも仕事だ」とか、そういう言葉で自分を覆ってしまうところがある。


 しかし、そんなことを指摘する気にもならない。

 そんな間柄でもない。相手は公爵。この一年が過ぎ去れば、もうきっと、二度と会うこともないような人だ。


「では、いつもお仕事お疲れさまです」


 でも、このくらいは言っていいだろうと思っていた。

 なのに、思ったよりもずっと公爵の反応は大きかった。


 目を丸くしている。


「すみません。失礼な言いぶりになっていましたか」


 そういうつもりではありませんでした、と私は弁解する。別に、何か揶揄するつもりではなく、いつもお忙しそうにしていらっしゃるので――ねぎらいの言葉を、というのも立場上おかしい気がして、その先は言葉に詰まる。


「いや」

 と先回りするように、公爵が会話を繋いでくれた。


「疲れて見えるか?」

「というより、いつもお仕事をされているような印象がありますので」

「練習中もよく中断してしまっているからか。集中を妨げてしまっているなら、悪かった。だが、政務を疎かにするわけにもいかないからな。こればかりは許してもらいたい」

「もちろん、それはわかっています。私がどうというわけではなく、ただ……」


 その言葉の続きも、やっぱり私の立場から言うのはおかしい気がした。

 でも、公爵は「ただ?」と続きを促してくる。私は思い出す。前に彼が言っていたこと。俺のことも同じく平民だと考えるくらいでちょうどいい。言ってたよね、と記憶を確かめる。


 都合よく、その言葉を鵜吞みにしてしまうことにする。


「いつも頑張ってらっしゃるなあと思って見ています。たまには休んでくださいね」


 一番お手間をかけさせている私が言うことじゃありませんけど、と。


 冗談めかすことも忘れない。それでも、ちょっとはどきどきしている。こういう言葉に怒り出すようなタイプではないと思っているんだけど、どうだろう。


 公爵は、さっきにも増して意表を突かれたような顔。

 間が空いて、一秒。



「君もな」



 私は初めて、彼が笑っているところを見た。



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