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99 混沌の魔力


 混沌の魔力を突きつけられながら――それでもナイジェルは、殺意を込めた鋭い視線を向けてくる。


「貴様ら……ならば、俺は魔神の力を開放して、この国を消し炭に変えるまでだ!」


 その言葉は誇張ではなく――ナイジェルが全力で魔力を放つだけで、周囲一帯は消滅してしまうだろう。


「おいおい……そんなことをしたら、イルマまで殺すことになるよな? それじゃ、おまえの目的が果たせないんじゃないのか?」


 カイエは呆れた顔をするが――


「構うものか……貴様らに屈するくらいなら、全てを滅ぼしてやる!」


 ナイジェルは本気だった――血に飢えた凶悪な笑みを浮かべて、殺し合いを楽しんでいる。


 ナイジェルから感じる力の波動に、ローズたちは戦慄を覚えながら――決して引き下がる様子はなかった。

 自分たちとの実力の差を正確に捉えて、仕掛けるタイミングを測っている。


(だけどさ……全く被害を出さないっていうのは厳しいよな?)


 ナイジェルが魔神の力を開放したら――カイエとエストが二人掛かりで防護魔法を展開すれば、広範囲をカバーできるが。それでも全てを守り切るのは、さすがに無理があった。


 しかし――


「そんなこと……私たちが、絶対に許さないわ!」


 ローズはイルマたちを庇うように、ナイジェルの前に立ち塞がる。

 光を放つ神剣アルブレナを構えながら――褐色の瞳は真っ直ぐに、ナイジェルを見据えていた。


「もちろんだよ……私だって、絶対に許さないんだから!」


「そうね……あんたみたいな奴の好きにさせるつもりは無いわよ」


 エマとアリスも――ナイジェルとの距離を詰めるように左右からにじり寄る。


「ああ、カイエ……私もやれるだけやるから、骨は拾ってくれ!」


 エストも覚悟を決めた顔で、ローズの隣に進み出る。


 自分たちの身体を盾にする気満々の四人――彼女たちが全てを賭ける事が出来る理由など、解っている。


「おまえらさ……俺を信頼し過ぎだろ?」


 だから、カイエは苦笑するしかなかった。


「おい、おまえ……」


 漆黒の目が冷徹な光を宿して――ナイジェルを見据える。


「……方針変更だ。何でも良いから、好きにしろよ。おまえが力を解放する前に――俺が滅ぼしてやるからさ」



 混沌の魔力を使えば、魔神の力ごとナイジェルを飲み込むことなど簡単だったが――その気なら、警告なしで初めからそうしていた。


 その後も、ナイジェルに抵抗する隙を与えずに、殺す機会など幾らでもあったのだが――そうしなかった理由は明白で……先制攻撃を仕掛けて来なかったナイジェルに、少しだけ興味があったのだ。


 しかし――そんなものは、ローズたちを危険に晒す理由にはならない。

 

「ほら、さっさと掛かって来いよ。にわか魔神が……良い気になるなよ?」


 カイエが放つ空気の変化に――ナイジェルは凍りつく。

 たった今まで、脅威と感じていた存在が……さらなる圧倒的な力を見せて、目の前に立ち塞がったのだ。


 だが――


「だったら……何だと言うのだ! そんなものが、俺が戦いを止める理由になる筈がないだろう!」


 ナイジェルは全身から――闇の力を解き放つ。


 解き放たれた魔神の力を前に――カイエは意味ありげに笑った。


「だからさ……良い気になるなよって、言ったよな?」


 次の瞬間――混沌の魔力が、闇の力ごとナイジェルを飲み込んだ。


 何者をも喰らい尽くす漆黒の球体を前に――イルマは膝を突いた。


「カイエさん……彼を……殺してしまったんですか?」


 真っ青な顔になって――目を伏せる。


 イルマにとっては人も魔族も……自分を殺そうとした魔神さえも、忌み嫌うような対象ではない。

 そんなことよりも――命が失われたことが悲しかった。


「私が、もっと強ければ……利用なんてできないほど強ければ……彼は死なずに済んだの?」


「いや、それは関係ないけど……イルマはもう少し、人を疑うことを憶えろよ。俺は騙される方だって悪いと思うし、周りの奴らも面倒に巻き込むことになるからさ」


「カイエ、てめえ……何が言いてえんだ!」


 ガゼルの怒りを浴びながら、それでもカイエは意地の悪い笑みを浮かべてたが――


「あ……私、解っちゃったよ!」


「しー! エマ、余計なことを言うんじゃない!」


「そうよ、せっかくカイエが……ごめんね、カイエ!」


 エマ、エスト、ローズに生暖かい視線を向けられて……カイエはバツが悪そうに頬を掻く。


「ハハハ……良いよ。おまえら、そんなに気を遣うなって……」


 カイエが混沌の魔力を掻き消すと――そこには、無傷のナイジェルの姿があった。


「貴様……俺を舐めているのか!」


 ナイジェルは憎悪の目で睨みつけるが――


「ああ、そういうの。もう、どうでも良いからさ……」


 カイエは混沌の魔力を操りながら、面倒臭そうな顔をする。


「ところで……おまえ、何て名前だよ? 今度やる気になったら、もう一度戦ってやるからさ。とりあえず、名前くらい教えておけよ」


 渦巻く混沌の魔力は――圧倒的で絶対的な、強大な力を見せつける。


「な……」


 吹きつける膨大な魔力の渦に……ナイジェルは何十回も殺される幻覚を見た。


「……ナイジェル。ナイジェル・スタットだ………」


 最強の魔将という字名あざなも、魔神の力も――カイエの前では、まるで意味をなさなかった。



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