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92 信頼関係

 

「へえ……俺のことに興味があるなら、何でも答えてやるけどさ。今日のメインは、アリスとの商売の話だったよな?」


 揶揄(からか)うように笑うカイエに――グレゴリーは苦笑する。


「確かに、その通りだな……失礼したね、アリス嬢。お詫びと言っては何だが……この店の最高の料理をご馳走させて貰おう。食事をしながらでも、ゆっくり話をしようと思うんだが……後ろにいるお嬢さんたちも、勿論、同席して貰えるんだろう?」


 ローズたち三人は、アリスに釘を刺されていたこともあって、黙って後ろに控えていたのだが――不意の誘いの言葉に、確認するようにアリスの方を見る。


「ええ、それで構わないわ……グレゴリー、紹介しておくわね。ローズに、エスト、そしてエマ……みんな私の大切な仲間よ」


 カイエのことまで知っているのだから、ローズたちの正体も当然バレているだろうが――ファーストネームだけの紹介に、グレゴリーは何も突っ込んでこなかった。


(本当に、食えない男ね……)


 アリスの挑発するような笑みを浮かべるが――


「では、食事にしようか……みんな、席についてくれるかな?」


 グレゴリーは笑顔で受け流した。


 さすがは人気店ということで――出てくる料理は、どれもエストが感心するような出来栄えだった。


 各国の料理をアレンジした創作料理という感じだが、基本(ベース)がしっかりしており、その上で遊び心も感じられる。


 食事が始まってからも、グレゴリーは彼らのことを詮索するような事は一切せずに、自分が行っている商売について説明をした。


「鉱石から織物、食料品、香辛料に至るまで……市場(しじょう)に並ぶ物なら、何でも売っているんだ」


 レガルタでも五指に入る大交易商である彼が取り扱う品は幅広く、合法的で儲かるモノであれば全て取り扱っていた。


 アリスは調査済みだったが――グレゴリーの年商は、小国の国家予算を軽く超えており、とても一交易商というレベルではなかった。


「節操がないとよく言われるが……儲かりそうな物に手を出すのは、私の商売人としての性だと思っている。逆に儲からない物なら……例え恩人に頼まれても絶対に扱わないな」


 それでも、世界的豪商であることを鼻に掛けず、実利的な商売人であることも隠そうとしない彼の人柄は――先ほどの先制攻撃・・・・を差し引いたとしても、信用のおける人物であることを思わせる。


「それで……アリス嬢は、私が興味を持つようなモノを持っているという話だったな?」


 腹が落ち着いたタイミングを見計らって――グレゴリーは切り出した。


「ええ……きっとグレゴリーなら、気に入ってくれると思うわよ」


 取引きの相手としては申し分ないと判断して、アリスは応じる。


「カイエ……例のモノを出して貰える?」


「ああ……グレゴリー、これなんだけどさ?」


 カイエは何処からか長方形の小さな木箱を取り出して、テーブルに置く。


「開けてみてくれよ?」


 言葉に従って、グレゴリーが蓋を開けると――中に入っていたのは、ワインのボトルだった。


 結露した緑の瓶は――触れると、まだ微かに冷たさを感じさせる。


「ほう……試してみても、構わないかな?」


「ええ、勿論……」


 グレゴリーは店の人間に合図して、新しいグラスにボトルの中身を注がせる。


 そして香りを確かめてから、一口含むと――


「聖王国産、ロンギスタの貴腐ワインだな。なるほど……完璧に鮮度が保たれていて、実に旨い!」


 聖王国ロンギスタ地方の特殊な葡萄を使った白ワインは――糖度が高く口当たりが良いことと、温度管理が非常に難しいことで有名だった。


 暖かい場所に置いてしまうと、一日と経たずに品質が劣化してしまうため――特に国外に輸出する場合は、水属性の魔術士を専用に雇って冷却させながら運ばねばならない。


 そのせいで物流コストが跳ね上がることと、希少性から、レガルタにおける市場価格は金貨二枚と、非常に高価だった。


「良い品だ……これなら金貨三枚でも売れるだろう。アリス嬢は、このワインを私に何本売ってくれるんだね?」


「五万本よ。一本当たり金貨一枚でどうかしら?」


 アリスの言葉に、グレゴリーは息を飲む。


「どうやって、それだけの数を運んだのだ……まさか、ワインを運ぶために魔術士団を組織したという訳でもないだろう?」


 たとえ勇者パーティーのメンバーであろうと、大量のワインを冷やし続けるには、一人や二人の魔術士では無理だろう。

 水属性の上位魔法で冷凍するという手はあるが――温度を下げすぎても、このワインの質は劣化してしまうのだ。


「さあ……それは企業秘密よ」


 今度はアリスが、悪戯っぽい笑みで受け流す。


「それに……金貨一枚で本当に良いのか? 普通に捌けば、最低でも倍の値段で売れるだろう?」


「今回の取引きに、私はそれほど時間を掛けるつもりがないのよ。この本数を一括で買い取ってくれる相手は限られるし、グレゴリーなら市場価格を壊さないで、上手く捌けるでしょう?」


 大量の貴重品を一気に市場に出せば、当然値崩れする。

 自分で捌ききれずに、最後は叩き売るような真似をするよりも、グレゴリーに市場のコントロールをさせた方が得だとアリスは判断したのだ。


「私を選んでくれたのは大変有り難い話だが……アリス嬢は、見返りに何を要求するんだね?」


 グレゴリーとしては、非常に美味しい取引きであり――何か裏があるのではないかと、商人の本能が警鐘を鳴らすが――


「大したことじゃないわ……レガルタの後、私たちは西に向かうから、そこで売れそうな品の選定と、向かった先で取引きをする信頼できる相手の紹介をお願いしたいだけ。

 勿論、選んで貰った品は適正価格で買うわ……グレゴリー、私は真っ当な商売をしたいだけよ」


 アリスは(したた)かに笑う――儲けさせてあげるから、私の役に立ってよと、黒い瞳が語り掛ける。


「なるほど……アリス嬢の期待に、私ならば応えられると思う。それでは取引成立だな。我々が良き友人関係を築いた事を祝して……乾杯だ」


 二つのグラスが、カチンと心地よい音を響かせて重なる。


「もし、君たちの冷蔵技術を売って貰えるなら――今の取引額の十倍を出そう」


「あら、そんなに安くないわよ……企業秘密だから、簡単には教えられないわ」


 笑顔で腹を探り会う二人を眺めながら、カイエは意味ありげな笑みを浮かべると――


「ところでさ……イルマ・ヘルドマイアって女のこと、グレゴリーなら知っているよな?」


 唐突に話を始めた。


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