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90 仕掛け


 魔族の国は、人の文化圏から離れた地域に幾つか存在するが――人の国でも、多くの魔族が生活している。


 しかし、数百年周期で発生する人と魔族の戦争によって、両者の遺恨は根深く、人の国に住む魔族は、常に迫害を受けてきた。


 特に、第六次魔王討伐戦争が終結してから僅か二ヶ月という現在は、魔族に対する見方は非常に厳しくなっており、魔族であるというだけで殺害される事件も、決して少なくはなかった。


「そうか、ガゼルさんは魔族なんだ……カイエはいつから気づいていたの?」


 白銀の船に戻ると――ローズが訊いてきた。


 せっかくレガルタに来たのだから、この国の宿に泊ることも考えたが――夜の間だけでも船に居た方が、良からぬ真似を働こうとする者たちへの牽制になると考えて、結局船で寝泊まりすることにしたのだ。


 快適さという点では、気温と湿度を魔法で制御している船内の方がよほど上だから、一番我がままなエマも、これについては一言も文句を言わなかった。


「初めからだよ。俺には、魔力の色が見えるからな」


 船の後方の一番高いところにあるダイニングキッチンに、五人はいつものように集まっていた。


 ローズたちはエストが入れてくれた紅茶を、カイエとアリスは蒸留酒ブランデーを飲みながら寛いでいる。


「他に比べれば、レガルタは魔族に寛容な国だが……この国でも大抵の魔族は、貧民街スラムに押し込まれているからな。ガゼルさんのように人と一緒に……それもイルマさんのような貴族に仕えている者は珍しいと思うよ」


 エストは考え込むような仕草で、紅茶を口に運ぶ。


「何れにしても……カイエみたいに、下手に掻き回さない方が良いわよ。あの人たちも訳ありみたいだからね」


 アリスはフンと鼻を鳴らしてカイエを見る。


 イルマの話では、彼女は物心ついたときからレガルタに住んでいるそうだ。

 両親はすでに他界しており、今はガゼルの他、年老いた使用人の夫婦と四人で、中心街にある小さな屋敷に住んでいる。


 チザンティン帝国の侯爵の孫娘が、国を離れて暮らしている時点で『訳あり』であることは確かだったが――今日会ったばかりの相手に対して、これ以上詮索することははばかられた。


「まあ、アリスの言う通りなんだけどさ……誘拐の件がなければ、俺だって関わるつもりは無かったよ」


 カイエは蒸留酒ブランデーを飲みながら、意味ありげな笑みを浮かべる。


「グレミオお爺さんの遺産が原因だって言ってたけど……そういうのって、ちょっと悲しいよね。あのお爺さんだって、イルマさんのことを思って遺産を残してくれたのに、そのせいで誘拐されそうになるなんてさ……」


 今夜のエマは、テンションが低かった。


 聖騎士一家に生まれた彼女も聖王国では貴族であり、周りの貴族たちの相続争いの話は、少なからず耳にしている。

 彼らの諍いは、文字通り血で血を洗うような事件に発展する事も決して珍しくない。


「殺すんじゃなくて、誘拐しようとしたんだから多少はマシだけど……今回の件で全部片が付いたとは、とても思えないわよね?」


 アリスが肩を竦める。


「イルマさんがあの性格だから、ガゼルさんはこれからも苦労すると思うけど……他人の私たちじゃ、根本的なところを解決してあげることもできないし。四六時中面倒を見るって訳にもいかないでしょ?」


 ほとぼりが冷めるまで護衛をしてやるという選択肢がない訳ではないが――そもそもイルマたちは、それを望んでいるとは思えなかった。


 人を疑うことを知らないイルマだが――それは相手に対して本気で踏み込んでいないということでもあり、アリスは一緒に食事をしている間、彼女が無意識に作っている『壁』を感じていた。


「いや、そうは言ってもさ……相手が貴族だけなら、放置しても良いんだけど」


 何気ない感じのカイエの言葉に――四人が一斉に視線を集める。


「……どういうことよ? イルマさんを狙っているのは、遺産目的の貴族だけじゃないって言うの?」


 アリスの質問に、カイエは頷く。


「裏通りでイルマを追っているとき……あの連中以外にもイルマを監視している奴らがいたんだけど。そいつらは、魔族だったよ」


 レガルタの裏通りであれば、魔族の住人が居たとしても、おかしくはないが――


「イルマさんを監視してたっていうのも、確かなことなの?」


「ああ、動きからして間違いないな……しかも、その中に上級魔族クラスの奴がいた」


 カイエが持つ魔神の目は――相手の魔力の性質と大きさを捉える。

 人と魔族は異なる『魔力の色』をしており、その大きさから、上級魔族であることも見抜くことができる。


「『だったら、何で捕らえなかったの?』とか言うなよ。まだ奴らは何もしてないんだからさ」


 上級魔族だから敵などと、カイエは単純に考えたりはしない。


 疑わしい行動をしていることは確かだが――彼らがイルマやガゼルに危害を加えるつもりなら、誘拐犯との争いの後に、()()()()()()()()()()()()のだから、もう行動している筈だった。


「だけど……そんな状況で、イルマさんたちを放って置いて良いの?」


 ローズは心配そうな顔をするが――


「いや、放置なんてしてないって……一応、もう手は打ってあるからさ」


 カイエは安心させるように笑うと――どんな手を打ったのか、四人に説明を始めた。



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