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82 交差する思惑


 輝くような純白の船は――滑らかな流線型をしており、一般的な帆船とは完全に一線を画していた。

 まるで巨大なクルーザーのように後方が一段高くなっており、三本のマストには、三角の帆が幾つも張られている。


「はい、こっちまで運んで貰えるかしら?」


 アリスの指示で――十数台の馬車が桟橋へと列を作り、荷物を船の近くまで運んでいる。

 交易商たちは巨大な船を恐る恐る眺めながら、積み荷である木箱を桟橋に積み上げていった。


(これって……海軍の新兵器なのか? でも、さっきの黒い闇は……)


(おい、滅多なことを口にするなよ! きっと軍事機密って奴だ……下手に喋ったら、『隻眼の雌豹』に消されるぞ!)


 商人たちは小声で囁きながら、青い顔でチラチラとジャグリーンの方を見ている。


 彼らも当然のことながら、この巨大な船が、空に浮かぶ漆黒の円の中から降りてくるところを見ていた。


 彼らだけではない――今日は天気も良く、午前十一過ぎという慌ただしくない時間帯だったから、シャルトの住人の大半が、空から巨大な船が降ってくるというあり得ない光景を目撃していた。


 そして、船が降り立った先は――軍港であり、それが何を意味するか……おそらく今頃は、街中が噂話で持ちきりだろう。


「嵌められた……」


 ジャグリーンは顔を引きつらせて、呆然と立ちつくしていた。

 海軍の兵士たちも、あからさまに彼女から距離を置いて立っている。


 海軍提督が()()()()()()()()、いつの間にか彼女の執務室に居た怪しげな一団が――魔術を使って虚空から出現させた巨大な船。

 

 暗殺者ギルド出身であり、僅か五年で提督まで上り詰めたジャグリーンの経歴を詳しく知る者は軍の中にも少なく――その圧倒的な実力と、魔王軍との戦いで見せた冷徹な作戦指揮の手腕もあって、彼女のことを恐れている兵士は多かった。


 そして、魔族の船団との戦いの後、真夜中の軍港に戻って来た黒鉄の塔を目撃した兵士たちも居たが――『騒ぎの後始末は任せる』とカイエに言われていたこともあって、ジャグリーンは彼らの正体について、兵士たちには何も話していない。


 これらの条件を繋ぎ合わせて、客観的に答えと出すと――今回も全ての黒幕は、誰もがジャグリーンだと思うだろう。


「まあ……ジャグリーンなら、上手く情報操作をして、揉み消すことくらい簡単だろ?」


 気楽な調子で言うカイエを――ジャグリーンは恨みがましい目で見る。


「勝手なことを……王都まで呼びつけられて、国王陛下や軍の上層部の連中から散々質問攻めにされるのは私だぞ……」


 そこまで言ってから、ジャグリーンは何かを考え込むように――


「カイエ、君ならもっと上手くやれただろう……どうしてこんな派手な真似をしたんだ? まさか……私への嫌がらせが理由という訳でもあるまい?」


 カイエは面白がるような顔をする。


「さすがに、そこまで性格が悪くはないよ……おまえには悪いけどさ、俺たちの噂を、あえて流しておく必要があったんだ」


「……噂だと?」


「ああ、俺たちの事を知っている奴らに、釘を刺しておこうと思ってね」


 カイエが言っているのは――国王ジョセフ・ストレインと、第一王子エドワードのことであり……自分たちが怪しげな活動をしていると知らせることで、彼らの警戒心を刺激することが狙いだった。


「俺たちは暫く聖王国を離れるからさ――何が起きるか解らないって思わせておいた方が、奴らも警戒を怠らないだろう?」


 聖王国の近郊で、魔族の残党が活動しているのは事実であり――何かあればギルドや魔術士協会から、カイエたちのところに情報が流れてくるように手筈は整えてあるが、国王が動いてくれることに越したことはない。


「そういう事か……つまり私も、君たちとの関係を疑われる訳で、スレイン陛下は私と敵対関係にある将軍や貴族たちを動かすことになるな」


 出世街道を一気に駆け上がったジャグリーンを妬む者たちも多く、彼らは彼女の言葉には決して従わないだろうが――逆にジャグリーンを蹴落とすためなら喜んで動く。


 スレイン国王も決して悪い人間ではないが――王家と一悶着あって国を出る勇者パーティーと、得体の知れないカイエを放置するほど愚鈍でもない。


「あとは、おまえが上手く情報を操れば……番犬としてなら、奴らも役に立つと思うよ」


「番犬か……言い得て妙だな。しかしなあ、君のおかげで、私の出世の道は絶たれたようなものだぞ?」


 国王がジャグリーンを警戒すれば――彼女をこれ以上重要なポストに置くことはないだろう。


「何言ってんだよ、元々そんな気もなかった癖に。それに、おまえを左遷できるほど、聖王国に有能な人材はいないからな……せいぜい今のポジションで、好きに暴れまわってくれよ」


 本当にジャグリーンが出世を望んでいたら――魔王軍との戦いの功績だけで、今頃は聖王国軍全軍の総司令官くらいにはなっていただろう。


 そうではなくて、あくまでも現場に居ること望んだから――彼女は王都から離れたシャルトで一将軍の地位に甘んじているのだ。


 全部見透かしたようなカイエの台詞に――ジャグリーンは意地の悪い顔をする。


「いや、そんなことはないぞ。私は君のせいで、喉から手が出るほど望んでいた出世の道から外されたんだ……君はこの責任を、どう取ってくれるんだ?」


 ジャグリーンは妖艶な笑みを浮かべると――周りの視線など一切お構いなしに、カイエにピタリと身を寄せる。


「傷心の私を……カイエ、君の情熱で……慰めてくれないか?」


 大人の色香を漂わせる眼帯の美女は――流し目でカイエを見ながら、艶やかな唇を重ねようとするが……


「そんなこと……私が許す筈がないでしょう?」


 神剣アルブレナの刃が――二人の唇の間に紙一重で差し込まれる。


 可愛い白のワンピース姿で光の剣を振るうという何ともシュールな絵面で――ローズは灼熱の焔の視線をジャグリーンに向けていた。


「そうだな……ジャグリーンは本当に油断も隙も無いな」


 冷ややかな笑みを浮かべるエストの頭上には――巨大な魔法陣が浮かんでいた。


「なあ……さすがに、それは不味いだろう?」


 カイエは苦笑しながら、二人を止めようとするが――


「「……カイエは黙ってて(くれ)!!!」」


 ピシャリとそう言われると――もう何も言えなかった。



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