63 勝者は誰?
カイエと熱烈なキスをしたからと言って――アリスの態度が急に変わる訳でもなかった。
「ほら、カイエ……もっとシャキシャキ仕事をしなさいよ!」
『あれは夢だったの?』と思うくらい、アリスはいつも通りで、カイエに文句ばかり言っている。
そして、カイエの方も――
「おまえなあ……俺の扱いが粗雑過ぎるだろう?」
キスのことなど一切触れずに、アリスと軽口を交わしていた。
それでも、あの鮮烈な光景が忘れられないローズとエストは――
「カイエ、カイエ、カイエ……」
「なあ、カイエ……もっと……その、私のことを……」
アリスに対抗するように、カイエにいつも以上にベタベタしていたが、
「あんたたち……ホント、飽きないわよね?」
アリスにジト目で見られて――不満そうな顔をする。
「アリスだって……さっきカイエとキスしてたじゃない!」
「そうだ、アリス。私に文句を言える義理じゃないだろう?」
自分の周りで、そんなやり取りをされて――さすがにカイエもバツが悪くなって、在らぬ方を見て頬を掻くが……
「あら、文句なんて言ってないわよ……」
アリスは艶やかな笑みを浮かべて――
「ローズとエストのことは、初めから解っていたことだし――あんたたちが、カイエとどんなに過激なことをしたって……私は気にしないわよ」
何なら今すぐ、あんなことやこんなことを、してみなさいよと――逆に二人に迫ってきたものだから……
カイエ以外に恋愛経験のない二人は、真っ赤な顔でノックアウトされてしまう。
アリスがこんな台詞を言うのは――別に強がりでも何でもなかった。
二人が傍にいることなど織り込み済みで――カイエに対する気持ちを抱いたのだし。確かに愛おしいとは思っているが……ローズやエストが抱いているモノと、アリスの気持ちは少し違うのだ。
どうしようもなく愛おしいけど――だからと言って、絶対に敗けたくない!
隣りに寄り添いたいのではなく、カイエと同じ立場で、同じものを見ていたい……それがアリスの偽らざる気持ちだった。
「ほう……アリスも、そんな顔をするようになったんだな?」
クラーケンとの戦い以来――ジャグリーンはどこか達観したような感じで、文字通り一歩離れた場所から、彼らのことを眺めていた。
「何よ……あんたまで、私に文句を言うつもり?」
実を言うと――アリスはジャグリーンに対して、苦手意識を持っていた。
精神的な意味も含めて、何でも完璧な彼女に――自分では絶対に勝てないと心のどこかで思っていたのだが……
カイエとのやり取りを見ていて、結局彼女も自分と何も変わらないんだなと気づいたことで――ようやく隣に立てる気がした。
「いや……そうではないよ。こんなことを言うと、今の君には失礼かも知れないが……アリス、成長した君に会えて、私は凄く嬉しいんだ」
まるで姉のように……いや、母親のような優しい視線を向けられて――いつも長女ポジションのアリスは、少し恥ずかしかった。
「何よ、今さら……ジャグリーン! さっさと全部終わらせるから……今夜は祝杯を挙げるわよ!」
「ああ……それは楽しみだな……」
微かに頬を染めて、足早に離れていくアリスに――ジャグリーンは満足そうに微笑んだ。
そんな彼女たちのやり取りを――
完全に先を越されてしまったエマは――胸の痛みを感じながら、どこか羨ましそうに、切なそうな顔で眺めており……
大人の世界を見てしまったアイシャは――興奮し過ぎて、頭が蒸発しそうになっていた。
※ ※ ※ ※
前方に見えていた島には――魔族から聞き出した情報通りにアジトがあり、見張り役の数も二十数人と、ほとんど情報通りだった。
しかし、その程度の人数でカイエたちに対抗できる筈もなく――巨大な黒鉄の塔が迫って来ただけで、彼らはアッサリと降伏した。
アジトにあった倉庫には、商船から奪ったであろう食糧や酒、布などの大量の物資が保管されており、その他にも大量の金品が見つかった。
「とりあえず……回収して帰るか? 俺たちの目的は金じゃないからさ、ジャグリーンの方で有効利用してくれよ」
カイエは興味なさそうに言うが――
「カイエ、何を勝手なこと言ってんのよ! いつ、どれだけお金が必要になるか解らないんだから、貰えるものはきっちり貰うわよ!」
アリスに窘められて――結局、見つけたモノの価値の半額を今回の報酬に上乗せすることで折り合いをつける。
ラグナ群島の他の島も、彼らは飛行魔法を使って一通り偵察したが、他に施設や船が発見されることは無かった。
そして全部終わった頃には――さすがに日も暮れてきた。
「まあ……最悪、魔力を付与しなくても、塔が勝手に浮くからさ。こんな場所で時間を無駄にするのも勿体ないし、さっさとシャルトに帰るか?」
黒鉄の塔を移動させている当人が言うのだからと――彼らは夜通し、シャルトへの帰路に向かう事にした。
本当に、どれほどの魔力を秘めているのか――カイエは何でもない事のように魔力の光を迸らせて、黒鉄の塔を再び爆進させる。
「ここまで来ると……呆れるしかないわよね?」
相変わらずカイエにベッタリなローズとエスト――どっちの意味でアリスが言っているのか、当然本人にしか解らなかった。
今夜はエストが肉料理を中心にしたコースを振舞うと――風呂にも入って、今日は本当にいろいろな体験をしたアイシャは、精神的に疲れたようで、すぐに眠ってしまった。
残った六人は――エストが用意した食後の紅茶と、カイエ、アリス、ジャグリーンの三人はワイングラスを手にする。
「こんなに早く魔族を討伐できるんて――私には想像もできなかったよ。これも全て、君たちのおかげだ。本当にありがとう」
探索を終えた直後も、食事の席でも――ジャグリーンは彼らに礼を言ったのだが、寛いだ雰囲気になって、改めて心から感謝の気持ちを告げたのだ。
魔族の船団を討伐するまでに時間が掛かれば掛かるほど、その間に襲われる商船の数も増えていた訳であり――たった一日で魔族を殲滅したカイエたちの功績は計り知れない。
しかし――それだけのことを容易く成し遂げられる存在は、聖王国にとって脅威であることも、また事実だった。
「君たちには勿論感謝しているが……正直に言わせて貰えば、恐ろしくも感じている。カイエ――君の力は、私から見ても別次元のモノだ。
君のような存在が、どうして世に知れ渡っていないのかは解らないが……私は君との良好な関係を、今後も築いていきたいと思っている」
真剣な顔で告げるジャグリーンに――カイエは意地の悪い笑みを浮かべる。
「つまり……この前みたいなやり方で俺を誑し込んで、首輪をつけたいって事か?」
「いや、そうではなく……」
ジャグリーンは苦笑して、ローズたちの方を見た。
「勇者ローズ、賢者エスト、聖騎士エマ、そしてアリス……カイエと君たちとの間に、私が入る余地などないことは十分に解ったよ――君たち四人がいるからこそ、カイエもまた彼らしくいられる。いや……知った風な口を利いてしまい、申し訳ない……」
少し照れ臭そうな彼女に、アリスは意地の悪い笑みを浮かべる。
「何よ、ジャグリーン……もう酔ったの? そんな恥ずかしい台詞、昔なら絶対に言わなかったわよね――何だ、結局年を取ったってだけじゃない?」
アリスの暴言に『ゴボッ!』とジャグリーンは思いきりむせ返る。
「ア、アリス……君という奴は! そういうところは、昔から何も変わっていないな。その口の悪さだけは、どうにかした方が良いぞ?」
「あら……私は本当のことを言っただけじゃない?」
開き直るアリスに――ジャグリーンは本気になった。
「アリスは昔から……自分の年齢よりも大人ぶった態度を取ろうとするが。そういうところが子供っぽいって、まだ気づいていないようだな?」
ジャグリーンは余裕の笑みを浮かべて、アリスを嘲笑う。
「本当の大人というものは……口づけなどでは、決して満足しないものだ」
そう言うと――カイエに向き直って、妖しげな笑みを浮かべる。
「さっきも言ったように、私は君の隣に立てるとは思わないが……一匹のメスとして、君というオスが欲しいと本能が言っているんだ。だから、私の部屋の鍵は君のために開けておくから……欲望に身を任せたくなったときは、いつでも来てくれ」
四人の非難の声も――ジャグリーンは余裕で受け流した。




