62 思惑の行方
クラーケンを倒した時点で――魔族の船団と海竜の殲滅は、ほとんど終わっていた。
僅かに残っていた二隻の船は、切り札であるクラーケンを失って逃走を始めるが……一隻はアリスが乗り込んで制圧し、もう一隻もエストが魔法で捕縛してしまう。
こんなことで少しでも挽回できたなどとは思わないが――エストはいつもの彼女に戻っていた。
「とりあえず、これで終わりだな?」
捕らえた魔族たちをロープで縛った上に、カイエが『魔法の牢獄』で船に閉じ込めると――
残っていた魔族の死体を、彼らが乗っていた船とともに海に沈めて弔った。
いくら敵であっても、死した者を辱める気など、彼女たちには無かった。
それが終わると――魔族を捕えた二隻の船を黒上の塔で牽引して、前方の島に向かって移動を始める。
「奴らの話が本当なら……島に残っているのは二十人程度ってところだな?」
カイエは再びガラス張りの最上階に立ち、魔力を放出して黒鉄の塔を加速させる。
彼は生き残った魔族から、アジトの位置と状況を聞き出していた。
ちなみにカイエの左右には――相変わらず、ローズとエストがぴたりと寄り添っている。
一人塔で待っていたアイシャは……このピンク色の空間が当然のように思えてほっとした自分に、愕然としていた。
アリスの相変わらず――そんな三人をジト目で見る。
「まあ、油断する気は無いけど……アジトに戦力を温存する意味は無いから、どっちにしても大した人数は残っていないと思うわ。さっさと片付けて、シャルトに戻りましょうか?」
「一応、ラグナ群島の他の島も確認してからな?」
「当たり前じゃないの。やることは、きっちりやってからよ。詰めが甘い人間は、後で痛い目に合うのが相場じゃない」
カイエとアリスが、そんな話をしていると――
「ねえ、カイエ……さっき使っていた剣の事だけと?」
エマが興味津々という感じで割り込んでくる。
「あの長い剣は何なの? いつもの剣と全然違うよね?」
カイエがクラーケンを真っ二つにした漆黒の剣は――三メートル超という異常な長さだった。その姿からして、普通の剣とはとても思えなかった。
「ああ……こいつのことか?」
カイエは収納庫から、今話していた超長物を取り出すと――彼女たちの目の前で、二本の剣に分離させる。
さらに長さを調節すると――見慣れた二本の漆黒の剣になった。
「デカブツを切るには長い方が都合が良いから……繋げただけだよ?」
当たり前のように言うカイエに、
「へえー……良いなあ。その剣って凄く便利だよね!」
エマも素直に羨ましがるが――
「あのねえ……便利って言うより、剣を繋げるとか意味が解らないから? ホント、カイエは何でも好き勝手にやって……大概にしなさいよって言いたいわ!」
アリスは呆れた顔をするが――彼女が不機嫌な理由は別にあった。
結局……今回の件も、最後は全部カイエが片付けてしまった。
そんな手の上で踊らされている感が、アリスは気に入らないのだ。
「そうか? どうすれば一番良い結果に繋がるか……俺なりに考えたつもりだけどな?」
カイエとしては――今回の件でジャグリーンに、自分を飼い慣らすことなど不可能だと教えてやるつもりだった。
だから派手に魔力を使って、黒鉄の塔を爆進させるような真似をしたのだ。
しかし途中で、想定していた以上にジャグリーンが衝撃を受けていることに気づいたから――今度はフォローする側に回ったという訳だ。
ジャグリーンがアリスの昔からの知り合いという事もあるが……彼女のような人間のことが、カイエは嫌いではなかった。
「一番良い結果ねえ……つまり自分が一番美味しいところを持って行ったって事よね?」
アリスだって、あのタイミングでカイエがクラーケンを仕留めなければ、ジャグリーンが無事では済まなかったことは解っていたが――
少し離れた場所に座っているジャグリーンには聞こえないように、アリスは小声で囁く。
「あんたが例の魔力を使っていれば……もっと簡単に終わらせられたんじゃないの?」
アルペリオ大迷宮で――ラスボスクラスの怪物を次々と飲み込んだ『混沌の魔力』。あの力を遠距離から放てば、魔族の船団と海竜の全てを、一撃で仕留められた筈だとアリスは思っていた。
「いや、確かに間違っちゃいないけど……アレは何でも区別しないで飲み込むから、広域で使いたくないんだよ。世界の一部を、丸ごと飲み込むことになるからさ」
船団の全てを飲み込む規模で『混沌の魔力』を発動させていたら――周囲の海と海中の生物全てが消滅していた。
カイエの意図を知って――アリスはフンと話を鳴らす。
「ホント、とんでもない力ね……でも、あんたが普通に攻撃魔法を使うとか、そういう方法もあったでしょう?」
「それは出来たけどさ……まあ、大差なかっただろう?」
カイエは適当な感じで応えるが――その理由がジャグリーンにあることに、アリスも薄々気づいていた。
(……全部計算づくって事? まったく頭にくるわ! だったら……これから私が何をするのかも、当然解るわよね?)
アリスは憮然とした顔をすると――カイエの顔を覗き込むようにして睨みつける。
「カイエ、あんたねえ……何でも自分の思い通りになるって思ってるでしょ!」
自分の思惑がバレたことに気づいて、カイエはバツの悪い顔をする。
「いや……少しやり過ぎたかなって、思ってはいるよ?」
カイエとアリスの喧嘩なんていつものことだと、ローズもエストも全く反応しなかったが――それもアリスの計算通りだった。
何が起きたのか、カイエが気づいたときには――アリスの唇が口を塞ぎ、彼女の両腕が首に絡み付いていた。
一分以上の長いキスを――ローズとエストは呆然と眺めていた。
「……ほら? あんたに私の考えている事だって解らないんだから……もっと謙虚になりなさいよ」
勝ち誇るように笑って、アリスは言った。
「アリス……今のどういう事!!! なんでアリスがカイエにキスしてるのよ!!!」
「そ、そうだ、アリス!!! どういうつもりか、説明してくれないか!!!」
嵐のように捲し立てるローズとエストに……アリスは悪戯っぽく笑い掛けると、
「二人には悪いけど……私も自分の気持ちに、素直になることにしたから!」
まだ唖然としているカイエを放置して――彼女は宣言した。




