58 本気(マジ)?
海面を滑るように、黒鉄の塔を高速移動させながら――
「こういう感じも、悪くないだろう?」
「うん……潮風が気持ち良いわ!」
「そうだな。と、特にカイエと一緒だと……さ、最高だな!」
カイエは塔の屋上で、ローズとエストを両脇に侍らせて――少なくともジャグリーンには、そうとしか見えなかった――気楽な感じで話をしていた。
巨大な塔を動かしているというのに――カイエは意識を集中する訳でもなく、まるで塔が勝手に動いているかのように、進行方向すら見ていなかった。
「前を見なくて……大丈夫なのか?」
灰から復活したジャグリーンが、不安そうに訊くが――
「まあ……『索敵』と『魔力感知』を発動してあるから、問題ないだろう?」
カイエは適当な感じで応えながら――塔の屋上を囲む壁から身を乗り出しているエマとアイシャの方を見る。
「おまえら……拾うのが面倒だから、落ちるなよ?」
「大丈夫だよ! 私が付いてるんだからさ!」
心外そうなエマに――カイエは揶揄うような笑みを浮かべると、
「おまえが一緒だから、やり過ぎないか心配なんだよ?」
「ひっどーい! カイエは意地悪だなあ!」
そんな感じで、緊張感の欠片もない会話をしているカイエを前に――ジャグリーンは疲れた顔をする。
「ジャグリーン……あんたも、そろそろ慣れなさいよ? いくら真面目に考えたって、相手がカイエじゃ意味がないわよ」
そんなことを言いながら――アリスは一人、水着姿で白いガーデンチェアに横たわっていた。自分の分だけ冷たい飲み物を用意して、バカンス気分を満喫している。
「アリス……君まで何をしてるんだ?」
ジャグリーンは唖然とするが、
「魔族と戦うにしたって、まだ先なんだし。固いこと言わないで、あんたも楽しんだら?」
逆に諭すようにアリスが言うので――自分の方が間違っているのかと、思わず考え込んでしまう。
「ところでさ……おまえが魔族の船団と遭遇した海域の近くに、奴らが潜伏できそうな場所があるだろう?」
ローズとエストが、みんなの飲み物を取りに行ったタイミングで――カイエが声を掛ける。
カイエはジャグリーンから、魔族と遭遇した場所までの大よその距離と方角だけを聞いて、そこを目指して黒鉄の塔を進ませていた。
「奴らが小型船を使っていたなら、航続距離が限られるし……略奪した積み荷を保管する場所も必要だから、近くにアジトがある確率が高いよな?」
「ああ……私もそう思っている」
色々と適当感を醸し出している癖に――カイエの的確な分析に、ジャグリーンは驚いていた。
「我々が遭遇した海域から南西に二百キロほどの距離に、ラグナ群島と呼ばれる島々があるのだが………その島のどれかが、魔族の残党のアジトであると私は睨んでいる」
「何だよ。そこまで解っているなら、聖王国の海軍総出で潰しに行けば、ローズたちに頼らなくても訳ないだろう?」
カイエは呆れた顔で言うが、
「いや、そう簡単にはいかないんだ……ラグナ群島の周辺は暗礁地帯になっている上に、潮の流れが急に変わるから、大型船で不用意に近づけば座礁する危険がある」
ジャグリーン直属の部下たちであれば、単独航行なら座礁などしないだろうが――艦隊を組んで向かうには、非常に厄介な場所だった。
「なるほどね……自然の要害があるってことは、奴らにとっては好都合だからな。そこがアジトだって決まったようなものだろ?」
カイエはそう言うと――黒鉄の塔の進行方向を微調整する。
彼は頭の中で――塔の記録媒体に保管されていた嘗ての世界地図から、ラグナ群島の位置を特定していた。
普通に移動する経験が余りなかったカイエは、昔から地理に詳しい方ではなかったが――失われた都市アウグスビーナからの距離と方角から、湾岸都市シャルトが地図のどこにあるかは簡単に解ったし、ジャグリーンの説明と合わせれば、島の位置を割り出すなど造作もなかった。
あとは――シャルトを基準点に、塔の速度から現在地を計算して、島との相対位置から進行方向を決めれば良い。
「場所も特定できたことだし……そろそろ本気で移動するかな?」
ちょうどローズとエストが飲み物を持って戻って来たので――カイエは仲間たち全員に向かって言った。
「みんな……これから速度を上げるからさ。屋上にいると風がきついから、中に入ろうか?」
「えー! もうちょっと遊んでたかったのに!」
エマは文句を言うが――アイシャがジト目で見ていることに気づいて、速攻で黙る。
「ほら、ジャグリーンも来いよ。依頼人のおまえが飛ばされたら、洒落にならないだろう?」
カイエは意地の悪い顔で言うが――ジャグリーンはもう話を聞いていなかった。
「速度を上げる……だと? さらに速く移動できるのか?」
黒鉄の塔は、すでに帆船の倍以上の速度で移動しており……彼女の感覚では、あり得ない速さなのだが――
「こんな速度じゃ、ラグナ群島まで三日は掛かるからな。場所が解っているのに、わざわざ時間を掛けることもないだろう?」
カイエの論点は違った――『いや、わざわざとかじゃなくて……時間が掛かるのは当然だろう?』とジャグリーンは言いたかったが、
「もう、良い……本当に出来るなら、好きにしてくれ」
諦めたように溜息をついて、塔の中に戻っていく。
全員が塔の中に戻ってくると、カイエは最上階のガラス張りのダイニングキッチンに立って――全身から魔力を迸らせた。
「塔の中なら、別にどうってことないんだけどさ……」
カイエの身体から溢れ出る大量の魔力は、黒鉄の塔全体に広がって行き――光を帯びた塔は一気に加速する。
その速度は――塔が押し退ける空気が、水面を深く抉るほどだった。
「……」
ジャグリーンは呆然として言葉を失うが――
「へえ……本当に速いね!」
「確かに……凄い速度だな!」
「カイエ……素敵よ!」
神聖竜アルジャルスの背中に乗って飛んだ経験のある三人も、そしてカイエのやることなら全部素敵に見えるローズも平然としている。
(もしかして……私の感覚がおかしいのか?)
そんな風に、ジャグリーンは自分を疑ってしまうが――
「……!!!」
アイシャだけは自分以上に驚愕していたので――少しほっとした。




