53 魔族の残党
夕方になってから――カイエたちは湾岸都市シャルトに戻って、ようやく都市に入る手続きを済ませた。
その日の夜は、砂浜に面したリゾート感たっぷりの宿に泊まることにした。
最上階のフロア全部を占有した部屋は、それに相応しい値段だったが――結局カイエが馬車を用意したので――アルペリオ大迷宮で手に入れた結晶体の売却金がたっぷり残っていたから、当然のようにそこを選んだ。
「あの……私までこんな部屋泊って良いんですか?」
アイシャは一人遠慮していたが――
「子供が生意気に遠慮するなよ? おまえが居ても居なくても、値段は変わらないんだからさ?」
カイエにそう言われて素直に従ったが……別の理由から、彼女はブルーになった。
(子供、子供って……カイエさんの意地悪!)
女子チームだけで貸し切りにした宿屋の浴場で――ローズ、アリス、エスト、エマ……色々な意味でそうそうたる四人と自分を見比べて……アイシャはさらに涙目になる。
(私だって……そのうちに……)
夕食はシャルト名物のカニと海老の料理を堪能してから、
「えー! カイエの塔の方が涼しくて気持ち良いから、私はそっちで寝たいよ!」
などとエマは文句を言っていたが、海から流れてくる潮風が心地良いのか、彼女は真っ先に眠りに落ちた。
「アイシャ、あんたさあ……ホントに、こんなのに憧れてたの?」
よだれを垂らして気持ち良さそうに寝ているエマを見ながら、アリスは呆れた顔で言うが、
「はい……エミーお姉様は、本当に凄く優しくて……」
全く躊躇せずに応えるアイシャに――アリスは満足そうに微笑んだ。
※ ※ ※ ※
そして翌日となり――彼らは海軍基地に向かった。
リゾートビーチとは反対側に築かれた軍港――ドックに併設された海軍基地は、海辺に面した石造りの要塞だった。
白く輝く武骨な城塞は、湾岸都市シャルトの他の建物の雰囲気とは一線を画しており、円柱形の塔の上には、超大型弩と投石器が、海に向けて設置されている。
ちなみにアイシャは――自分は場違いだという理由で留守番を申し出たが、
「こういうのも、領主の娘として勉強になるから一緒に来なさい」
などとアリスに言われて、結局同行することになった。
「よく来たな、君たち……まあ、適当に寛いでくれたまえ」
海軍提督ジャグリーン・ウェンドライトは、昨日と違って軍服姿だった。
金色の肩章で飾られた上着と、黒いズボンにロングブーツ。ベルトから下げた曲刀といい、いかにも海軍将校と言うスタイルだったが――骸骨マークのキャプテンハットだけは、昨日と変わらなかった。
「その帽子は良いのかよ? 海軍が骸骨マークって……」
「……何だ、カイエ。私掠船というものを知らないのか?」
私掠船とは――国が認めた『合法的』な海賊であり、他国の船を攻撃して積み荷を奪うことを正式に許可されている。
「いや、私掠船くらい俺も知ってるけどさ……聖王国が海賊行為を認めるているのかよ?」
聖王国が奉る光の神は世界中で信仰されており、その教会組織は国境を越えて各地に広がっている。
つまり他国と言っても神の信徒という立場では同胞であり、それに対して海賊行為など行えば、教会が黙ってはいないだろう。
「その辺りの話は、聖王国の二重支配に関係することだが……簡単に言えば幾つかの条件付きで、国王が教会に暗黙の了解を得たということだな」
他国の支配水域では海賊行為をしない、反撃されなければ命までは奪わない、人質を取ることと人身売買は禁止――広義での防衛という名目で、国王は教会上層部の口を封じていた。
「堅いだけの海軍だったら、私も提督になどなる気は無かったが……それも当てが外れたよ。魔族の軍勢との戦いが本格化してから、海賊どころではなくなったからな」
ああ、普通に『海賊』って言っちゃうんだ――カイエはそう思いながら、『魔族の軍勢』という言葉に反応する四人を横目で見る。
「前置きはこのくらいにして……そろそろ本題に入らない?」
ローズが真剣な顔で話を促す。とは言え――彼女たちの格好はリゾートスタイルのままだったから、少し違和感があるのは否めなかった。
「そうだな……昨日も少しだけ触れたが、魔族の残党のことで君たちに依頼したいことがあるんだ」
そう言ってジャグリーンは説明を始めた。
勇者ローズが魔王を撃ち滅ぼしたことで――魔族の軍勢との戦い、公式には『第六次魔王討伐戦争』と呼ばれる戦いは終止符を打った。
しかし、それにより全ての魔族が戦いを止めた訳ではなく、世界の各地に散らばった魔族の生き残りの中には、今でも怪物を支配下に置いて、活動を続けている者も少なからずいる。
「シャルトから南の海域で、魔族の残党が商船を襲っている。相手が一介の魔族だけなら、君たちの力を借りるまでもないのだが……私も実際に対峙したが、奴らの中には複数の上級魔族がおり、しかも海竜の群れまで支配下に置いているんだ」
海竜とは――竜とは名ばかりの別の生き物だが、海で恐れられる凶悪な怪物の一つで、大きいものは体長二十メートルを超える。
「海竜? ジャグリーンなら、そんなの敵じゃないでしょう?」
アリスがフンと鼻を鳴らす。彼女が知っているジャグリーンの実力は、海竜など何匹いようと問題にならないレベルだった。
「アリス、君も無茶を言うな? 確かに私だけなら勝てない相手ではないが……海竜がいる外洋には船で行くしかないし、上級魔族まで同時に相手をしなければならないんだぞ?」
海竜を倒せることは否定しないんだな――カイエはそう思いながらジャグリーンの説明を聞いていた。
船を操る普通の海兵では、巨大な海竜に勝てる筈もないし、上級魔族の大半は中級以上の魔法を使う。
そんな相手から船と兵士を守りながら戦うのは――ジャグリーンの実力でも簡単ではない。
「おまえ以外に、海竜相手で戦力になる兵士はいないのかよ?」
「まあ……皆無という訳ではないがな。それなりの実力者であれば、この場に同席させているさ」
彼らが話している部屋には、海軍の人間はジャグリーンしか居なかった。
「ところで、ジャグリーン……肝心な話が抜けているわ。あなたが戦った残党の数は、どのくらいなの?」
ローズの褐色の瞳はすでに、まだ見ぬ魔族を見据えていた。
「ああ、そうだったな……」
ジャグリーンが初めに数を言わなかった理由は――ローズたちが平和ボケしていないか確かめるためだ。
相手の数を訊かずに承諾、もしくは拒否したとしたら、どちらの場合も『今の勇者パーティーはその程度だ』と判断しただろう。
「魔族の船団を構成する船の数は、私が確認しただけでも十二隻。全て機動性重視の小型船で、一隻当たりの乗員は二十人程度だな。海竜の方は海中に潜んでいるものまでは確認できなかったが……少なくとも十体以上いることは解っている」
それは――単なる残党と呼ぶには、あまりにも多い数だった。




