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47 最初の目的地


 魔王を滅ぼしたことで魔族の軍勢との戦いは終わり、互いが血を流す理由は無くなったが――


「それでも……まだ彼らが襲ってくるのなら、私たちも戦わなければならない。荒野で活動している魔族たちについては、今後も警戒をしておく必要があるな」


 エストはそう言って、話を締め括った。


「その通りだな……魔族の全てを恐れる必要はないが、我々も領内に広大な森林地帯を抱えている。これまで以上に警戒を厳重にする必要があるようだな」


 シルベーヌ子爵は真剣な顔で頷くが――


「まあ、そうは言ってもさ……あんまり深刻になるなよ? そこまで危険な連中なら、盗賊たちが無事に逃げて来られた筈はないからさ?」


 カイエは気楽そうに応えるが――これも事実だった。

 警戒を怠るのは危険だが、未知数の脅威にあまり騒ぎ立てても、余計な混乱を招くことになりかねない。


「私も……ラクシエル師匠の言葉を真摯に受け止めよう。領内の警備については、我々騎士を中心に増員の方向で編成を考えるが……魔族を見掛けたからと言って、問答無用で切り掛かるような真似をするつもりはない」


 クリスは――自分の感情に向き会おうとしていた。

 彼女にとって最も大切なアイシャと……シルベーヌ家と、領民たち。その全てを守るために、何をすべきなのか――もう迷いはなかった。


「さて……難しい話はこのくらいにして、そろそろ食事にしようか? あまり遅くなると、せっかくの料理が冷めてしまうからな」


 シルベーヌ子爵に促されて――エマが真っ先に安堵の声を漏らす。


「……良かったー! 私はもうお腹ペコペコで、どうしようかと思ってたんだよ!」


「エマ、あんたって……本当にブレないわよね?」


 もはや呆れ果てたという感じでアリスは言うが――エマのおかげで空気が和んだのも事実だった。


 勇者パーティーの鉄壁である聖騎士エマ・ローウェルは――あらゆるモノを撥ね退けて人々を守ってきた。

 それも本当の事だが……普段のエマはムードメーカーとして、戦力云々とは別の意味でも欠かせない存在だった。


※ ※ ※ ※


 夕食会が始まると――エマは相変わらずの食欲を発揮して、今夜も皿の山を築いていった。


「ほら、カイエ……これも美味しそうよ!」


 ローズとエストはカイエの両隣に陣取るが――


「はい……あーん!」


 周りの視線など一切気にせず、ラブラブモード全開のローズに対して、


「カ、カイエ……こ、こっちの料理も食べてみないか?」


 恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら、さり気なさを装って食べさせようとするエストの方が分が悪かったが――


(エスト様……頑張って!)


 その健気(けなげ)な様子に、心の中で声援を送る外野も少なくなかった。


 特に給仕係の女性たちは――エストのもどかしい様子に、かつての自分の恋愛体験を重ね合わせているのか……ものすごい熱の入れようだ。


「……失礼しまーす!」


 食器を運ぶときはローズとカイエの間をわざと通ったり、エストにウインクでタイミングを教えたり、何とかエストをフォローしようとしていたのだが――


(カイエ……)


 当のエストはカイエしか見えておらず、彼女たちの意図に気づかなかった上に――


「へえー……あなたたち、いったい何をしようとしてるのかな?」


 ローズの乙女センサーに看破されて、身動きできなくなった。


 そんな感じで、女の戦いが呆気なく幕を閉じた頃――すっかり酒が回ったシルベーヌ子爵が、上機嫌で三人の元にやって来た。


「いやあ……皆さんには本当に世話になった! まだまだ感謝し足りない……そうだ! 明日は狩りに行って、鹿料理をご馳走しよう!」


「パパ……お酒飲み過ぎ! カイエさんたちは、明日出発するって言っていたでしょう?

 アイシャは如何にも出来た娘という感じで――酔ったシルベーヌ子爵の後について、フォローして回っていた。


「ああ、そうだったな。しかしなあ……みなさんには、まだまだ感謝し足りない。どうかもう暫くは、我が城に滞在して貰えないだろうか?」


「もう……私をシルベスタまで連れて来てくれたのも予定外の事なのに……あんまり引き留めたら、ご迷惑でしょう?」


「俺たちの目的は観光だからさ……別に急ぐ訳でもないけどな?」


 カイエは苦笑して応えるが――


「いえ、お気遣いは嬉しいのですが……皆さんは、ご自身が行きたい場所に向かって下さい!」


 本音を言えば――アイシャ本人が一番引き留めたいのだが……散々世話になった彼らに、そんな我儘を言える筈がなかった。


「ならば仕方あるまいか……ところで、皆さんはこの後どちらへ行かれるのかな?」


 娘の意見に圧し負けた形のシルベーヌ子爵だったが――特に気にする様子もなく質問してきた。


「当面の目的地は……湾岸都市シャルトだったよな?」


 案内される側のカイエは、適当な感じで応える。


「ああ、その通りだ。元々はオルフェンから南下するつもりだったが……シルベスタからだと、カナン経由の方が早いかも知ないな?」


 エストも当事者と言うよりも、一緒に付いて来ただけで――


「カナンって言うと……ああ、牛の丸焼きで有名な街だね!」


「また、あんたは食べ物の話ばかり……本当に太るわよ?」


「だ・か・ら……アリスは、意地悪言わないでよ!」


「意地悪じゃなくて……警告だからね!」


 そんな風に話しているエマとアリスも、同じような立場だった。

 シャルトに行くと言い出した当の本人は……


「シャルトの港の景色も良いけど……私はカイエとビーチで泳ぎたいわ!」


 乙女モードを炸裂させて――ローズはカイエとの浜辺のバカンスを思い浮かべてうっとりしている。


 そして、もう一人――同じような反応をしている者がいた。

 

「青い海……ビーチ……」


 真夏の海を思い浮かべるアイシャは、大きな目を爛々と輝かせて――夢見る少女モードになっていた。


「もしかして……アイシャも海に行きたいの?」


 エマが何気ない感じで訊くと――


「勿論よ、エミーお姉様! 夏の海よりも素晴らしい場所なんて何処にもな……」


 思わず興奮して捲し立ててから……アイシャは自分の失態に気づく。


「い、今のは忘れてください! 何て言いますか……ただの気の迷いです!」


 どうにか誤魔化そうとするが、カイエに対しては効果がなかった。


「まあ……別に良いんじゃないか? アイシャ一人増えたところで、どうってことないしな?」


「……そんな! これ以上、皆さんにご迷惑を掛ける訳にはいきません!」


 それでも必死に否定するアイシャに――カイエは意地の悪い顔で笑う。


「おまえさあ……何を今さら言ってるんだよ? 海に行きたいんだろう……ほら、正直に言えよ?」


 ニヤニヤ笑って問い詰めるカイエに――アイシャは涙目で、敗北を認めるしかなかった。


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