40 六人の小旅行
「ラクシエル殿……アイシャ様の事を、くれぐれも頼むからな!」
街に取り残される形になったアーウィンは――恨みがましい目でカイエたちを見送った。
本心を言えば――アイシャの傍を片時も離れたくはなかったが、主であるシルベーヌ子爵と彼女の気持ちを考れば、どちらが正解かは明白だった。
「俺たちが付いてるんだから、何の心配もいらないだろ? アーウィンはここに残って……せいぜい悔しがってくれよ」
意地の悪い顔で笑うカイエに、アーウィンは肩を震わせながら拳を握りしめる。
「き、貴様という奴は……」
「それじゃあ、アーウィン。また今度な!」
走り去っていく黒鉄の馬車を――アーウィンは憮然とした顔で、いつまでも見つめていた。
「カイエさん……アーウィンのことを、あんまり揶揄わないでください。彼は真面目で、シルベーヌ家のことを真剣に考えてくれてるんです」
カイエがソファーに座ると、アイシャが少し怒った感じで言う。
「いや、俺もアーウィンのこと、嫌いじゃないからな? 真面目な奴だからこそ、揶揄いたくなるんだよ」
抜け抜けと言うカイエに、アイシャは困った顔で溜息をつく。
「ところで……この前お邪魔したときも思いましたが、この馬車の中って涼しいですよね? これって……魔法なんですか?」
「ああ……アイシャが疑問に思うのも当然だろう。こんな風に魔法を無駄遣いする乗物なんて、普通なら考えられないからな」
素朴な質問に、エストが呆れた顔で応える。
温度調節だけでなく、『浮遊』に『防音』、『索敵』に『防御』――黒鉄の馬車は、魔力を大量に消費しながら動いているのだ。
「えー! 涼しくて気持ち良いんだから、私は最高だと思うけどな? 文句があるなら、エストだけ一人で偽造馬に乗れば良いじゃない?」
アイシャがいるので、エマもだらしなく踏ん反り返るような格好こそしていなかったが――いつものように涼しさを満喫している。
馬を失った荷馬車は、街で売り払うことになり――回収した五頭目の偽造馬は、黒鉄の馬車の前を走っている。
「いや、別に私もそんなつもりじゃ……ただ魔術士として、常識的な見解を述べただけで……」
うっかり言った言葉が、カイエに対する文句に聞こえることに気づいて――エストは彼の方をチラチラと気にしながら、エマを睨む。
「エマ、そんなことを言うなら……エマだけおやつは無しだからな?」
「えー! ちょっと待って! エストのお菓子がないと私、生きていけないよ!」
エマは慌てて、縋るようにエストに抱きつく。
「エスト-! お願いだから、そんなことを言わないでよ!」
「ちょっと、エマ……く、苦しいから、放して!」
そんな二人に、アイシャも思わず笑ってしまい――
冗談みたいな時間が、ゆっくりと流れていった。
※ ※ ※ ※
そもそも街道とは、都市と都市を結ぶものであり――聖王国の街の大半も、街道沿いに造られている。
大都市どうしを結ぶ主要な街道から、枝分かれして繋がっている街もあるが、交易路上に位置する方が利便性も経済性も高いため、後から街を造る場合でも、既にある街道沿いを選ぶことの方が多い。
シルベーヌ子爵領の領都も、そんな風に街道沿いに造られた街であり――聖王国の主要街道をオルフェンの街から五日ほど進んだ距離にあった。
「まあ、この馬車なら……明日の午後には到着できるかな?」
疲れを知らない偽造馬に馬車を引かせているのだから、夜通し走り続けることも可能だったが――ずっと馬車の中で座っていると、乗っている人間の方は多少は疲れてくる。
ソファーの背もたれを倒してベッド代わりにしたり、空いているスペースを使えば、アイシャが一人増えても昨夜のように車内で寝られないこともないが――
互いの距離感と場所取りの問題から、昨日も実はひと悶着あって――カイエは一晩で懲りていた。
街道の脇に馬車を止めると、六人は外に出た。
星空の下、草の生えた平地が広がっている。
「えー! 外で寝るの? 私は馬車の中が良いなあ!」
まるで子供のように文句を言うエマに――だんだん本当の性格が解ってきたアイシャが苦笑している。
「私は……カイエが外で寝るなら、一緒が良いわよ」
ローズはカイエの腕を取って、ピタリと身体を寄せる。
「わ、私だって……たまには、外で寝てみるのも悪くないと……」
秘かに対抗心を燃やすエストは恥ずかしそうに、カイエの肩に触れるか触れないかのギリギリの位置に立っていた。
そんな二人を余所に――
「いや……俺は外で寝るなんて言ってないだろう?」
カイエは意味ありげな感じで笑う。
「……また、変なことを考えてるんじゃないでしょうね?」
アリスが疑わしそうな顔をするが、カイエはお構いなしという感じで――
「ホントは……最初から使うつもりだったんだけどさ? ずっと隊商と一緒だったから、空気を読んで止めておいたんだよ」
そう言うなり、混沌の球体を出現させた。
球体は夜空に舞い上ると、水平に広がっていき――形作られた漆黒の円の中から、巨大な建築物が、ゆっくりと舞い降りてくる。
それは――直径二十メートルほどもある円柱形の塔だった。
馬車と同じ黒鉄色の金属で造られた滑らかな壁面の塔は、高さも四十メートルはあり、窓の配置から少なくとも六階層はあることが解る。
それぞれの窓は硬質ガラスを、壁面と同じ金属製の鎧戸が覆っており、いかにも頑丈そうな造りに見えた。
「……何よ、これ?」
唖然とした顔で塔を見上げるアリスに、
「何って……俺の塔だけど?」
意地の悪い顔でカイエが応える。
「あんた、ふざけてるんじゃないわよ! そんなことを訊いてる訳がないでしょ!」
アリスは物凄い剣幕で言うが――他の四人の反応は、それぞれ異なっていた。
「カイエ、素敵ね……まるでお城みたい!」
最強乙女モードのローズには、カイエが用意するモノなら何でも素晴らしく見えるようで、うっとりとしている。
「こんなものが……収納庫に入っていたというのか? いや、根本的に収納庫とは違う仕組みなのか……」
エストは塔を出現させたカイエの魔法の方に魅せられて、一人考え込んでいた。
「ホント……凄いよね! ねえ、アイシャ! こんな塔、私は見たことないよ!」
「え、ええ……そうね、エミーお姉様……」
すっかり興奮気味のエマと、完全に引いているアイシャ――
「まあ……みんな、とりあえず中に入ろうか? 説明して欲しいなら、あとでゆっくりするからさ」
宥められる形で、五人は塔の中へと向かうが――
カイエの魔力に反応して塔の扉が開くと――中の光景にさらに驚くことになる。
永遠の魔法の光に照らし出される塔の中は外見とは異なり――磨き上げられた石で造られた豪華な作りだった。
決して華美ではなく落ち着いた感じで、 壁際の螺旋階段も空間と調和している。
「部屋は沢山あるから、好きなところを使ってくれよ。その前に飯……いや、まずは風呂が良いかな?」
「「「……お風呂があるの!」」」
この提案には――誰も反対しなかった。




