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36 カイエのやり方


 ローズとの一件により、聖王国第一王子エドワード・スレインは――国王ジョセフより謹慎処分を受けていた。


 憲兵隊や魔術士協会を王の許可なく動かしたことは完全な越権行為であり、その時点で裁くこともできた筈だが――エドワードと癒着する大貴族たちに配慮する形で、国王は動かなかった。


 しかし――その結果が、まさかの神聖竜アルジャルスの来訪だった。

 勇者に対して無力であることを神聖竜に宣言されたことで、スレイン王家の威信は地に落ちた。


「今回の失態がどれほど重いものか……私とて理解している! だが……神聖竜が王都に現れるなど、誰が予想できたと言うのだ?」


 王宮の自室で――エドワードは酒に溺れていた。王宮を出ることは許されず、取り巻きである貴族たちも、あの日から距離を置くようになった。


 だから、今は酒を飲むくらいしか、憂さを晴らす手段がないのだ。


「ああ、忌々しい! あの男……カイエ・ラクシエルが全ての元凶なのか? 見た目は若造(ガキ)のようだが……あの魔力は何なのだ!」


 神聖竜が現れた直後に――カイエはエドワードのところにやってきた。

 あのときに感じた圧倒的な魔力を思い出すだけで、エドワードは今でも恐怖を覚える。


「神聖竜の同胞だと……本当にそんなことが……」


 恐怖を紛らそうと、エドワードは蒸留酒を立て続けに煽った。

 一気にアルコールが回り……恐怖の感覚が薄れて、エドワードの気は大きくなる。


「……そうだ! そもそも……神聖竜が王都に現れる筈がないだろう! 全ては、あの男が見せたまやかしに違いない!」


 そう叫ぶと、エドワードは大声で笑い出した。


「……ハハハハ! 父上は……いや、ジョセフ国王は愚かにも騙されているのだ!」


「……酒で誤魔化すなんて、王家の人間も堕ちたものだな?」

「ホント……現実逃避するなんて最低ね?」

「まあ、そう言うなって……所詮こいつは、その程度の奴なんだからさ?」


 突然聞こえた話し声に、エドワードはビクリとして、恐る恐る振り向くと――

 カイエ、ローズ、エストの三人がいた。


 しかし、――エドワードを放置したまま、三人の会話はまだ続く。


「カイエ、今のはフォローになってないだろう?」

「そうよね、駄目押ししてるだけじゃない?」

「いや、俺は最初からフォローする気なんてないからさ?」


 唖然とするエドワードに『何だ居たのかよ?』という感じで、カイエは揶揄からかうような笑みを浮かべる。


「よう、エドワード……また会ったな?」


 カイエがゆっくりと近づいていくと――その一歩ごとに、エドワードの酔いは急激に冷めていった。


「き、貴様……それ以上、私に近づくな!」


「おいおい……そんなに怖がるなよ?」


 エドワードは後退るが――すぐに背中が無い筈の壁に当たる。

 驚いて振り向くと、そこには何も見えなかったが――確かに壁があった。


「ああ、言うのを忘れていたよ……結界を張ってあるからさ、逃げようとしても無駄だから?」


 意地悪く笑うカイエに――エドワードは慌てまくる。


「だ、誰かおらぬか! し、侵入者だ! この不埒者どもを、早く捉えろ!」


「申し訳ないが……私が『防音(サウンドプルーフ)』を発動させたから、外に声は聞こえない筈だ」


 エストが肩を竦める。

 完全に追い詰められて――エドワードはガクガクと震え出した。


「な……何が目的だ?」


「さすがはエドワードだ。話が早くて助かるよ」


 そう言いながら――『何だよ、もう音を上げるのか?』とカイエ思っていた。


「何、簡単なことだ――おまえの派閥に、モーネルト伯爵って奴がいるだろう? そいつが川を塞き止めてシルベーヌ子爵に金を要求してるから、今すぐ止めさせて欲しいんだ?」


「……な、何の話だ?」


「ああ、惚けるのは勝手だけど……おまえが絡んでるのも、モーネルトに金を貸してることも知ってるからさ? それでも、まだおまえがゴチャゴチャ言うなら……実力行使するだけだ」


 このときカイエは――全身に魔力を迸らせながら、悪魔のような笑みを浮かべていた。

 まるで本物の魔王のようだったと――後にエドワードは後に語ることになる。


「神聖竜が言ってただろう? 俺はあいつの同胞だから、おまえたちが裁くことはできないって――つまり俺が何をしようが、誰もおまえを助けたくれないって事だな? さあ……どうするよ?」


 ここまで来ると、悪質な脅し以外の何物でもなかったが――カイエは確信犯だった。


 アルジャルスが勝手に気を回したことは今でも気に食わないが――カイエは細かいことなど気にせずに、利用できるものは利用する主義だった。


「……わ、解った。モーネルト伯爵には、私が止めるように言おう……」


 もはや完全に降伏状態のエドワードに、カイエは念を押した。


「言うだけじゃなくて、確実に止めさせろよ? そうだな……時間もないし、今すぐ『伝言(メッセージ)』で連絡を取れよ?」


「そ、それは無理だ! 私は魔法が使えないし、今の私が自由に使える魔術士もいないのだ! 書簡を送るから、二週間ほど待ってくれないか!」


 『うわ、マジでこいつ使えないな』とカイエは思ったが――


(……そんなものだろう? 内容が内容だけに、宮廷魔術士を使う訳にもいかないからな?)


 エストが視線で語る――モーネルト伯爵と結託して悪事を働いていたことを、エドワードも、このタイミングで国王に知られる危険を冒したくはないだろう。


(叩けば幾らでも埃が出るような奴が……今さらな気もするけどな? 国王だってエドワードの身辺調査くらいしただろうから、もう全部バレてるんじゃないのか?)


(まあ、恐らくそうだろうが……本人は気づいていないんだから、わざわざ指摘してやることも無いだろう?)


 そんな風に、カイエとエストが苦笑して顔を見合わせていると――二人の背後で、ローズが灼熱の炎を燃え上がらせていた。


「ねえ、カイエ……エストと二人で、何を楽しそうにしてるのかな?」


「いや、ローズ……誤解だから?」


 カイエはバツが悪そうな顔で、別の意味で唖然としているエドワードを見る。

 

「まあ……この際だから書簡でも良いか? とにかく最短で送れよ?」


 そう言うと――カイエは背を向けて歩き出した。

 エドワードが緊張した顔で見つめていると――ふと思い出したかように振り返って、もう一度冷徹に笑う。


「一つだけ言い忘れてたけど……シルベーヌ子爵の娘は、俺の知り合いなんだよ。だからさ……もし手を出せば、どうなるか解るよな?」


 恐怖に凍り付くエドワードを置き去りにして――三人は王宮から姿を消した。


※ ※ ※ ※


(まあ……これで時間稼ぎにはなったな?)


 同じ日の夜――モーネルト伯爵領内のラゼル川に作られた堰が、何者かが放った魔法の炎によって消し炭と化した。



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