249 最下層の先
「炎の魔力よ、俺に力を宿せ! 敵を殲滅するに足る魔力を俺に――」
「『魔法耐性強化』……『強化』……「『加速』!」
ギルが両開きの巨大な扉の正面に立って、威力を高めるために上位魔法をゆっくりと詠唱する傍らで。ノーラが支援魔法を続けざまに発動する。この先は第二十歳層の最後の部屋――つまりは、地下迷宮の終着点だった。
「みんな、準備は出来たようだな……手筈通りに行くぞ!」
『暁の光』の全員が頷くと、アランとガイナが扉を開ける。
巨大な玄室の中央に出現したのは第二十階層の階層ボス――顔面喰いは、餌食にした者たちの顔を全身に纏うと言われる凶悪な姿をした悪魔だった。
それに加えて攻撃手段も、それぞれの顔から異なる属性の魔法を放つという凶悪極まりないモノだが――『暁の光』のメンバーは知っているから、勿論対処していた。
「『耐性弱体化』……ギル!」
「おう、待たせたな……爆列火球』!」
ノーラとギルが連携した強力な先制攻撃が、悪魔の身体を半ばまで消し炭に変える。
「……良いよ、みんな!」
タイミングを計ったトールの合図に、前衛の三人が玄室に飛び込む。顔面喰いの全身に浮かぶ顔が復活する前に。アランの大剣とガイナのバスタードソート、そしてレイナが連射する矢が悪魔の本体を叩く――
こうして『暁の光』は反撃する暇すら与えずに、階層ボスを仕留めてしまった。
「何度も戦った相手だから……このくらいは当然だけどね」
レイナが自慢げにフンと鼻を鳴らす。
地下迷宮の怪物は時間が経てば復活し、階層ボスも例外ではない。だから『暁の光』のメンバーが顔面喰いを倒したのは、これで五度目だであり。金等級冒険者である彼らにとっては、この地下迷宮は丁度良い狩場だった。
「この地下迷宮は、ここで終わりだ。後半は全部、俺たちが倒してしまったが……カイエは、これで良かったのか?」
顔面喰いの結晶体を回収して戻って来たアランが、イマイチ納得していない顔で言う――『暁の光』が攻撃役を交代してから三時間ほど。カイエの無茶苦茶な攻略速度に比べるべくもないが、それでも最短ルートで攻略したのだが。その間、カイエは何もしないで、彼らの戦いぶりを見ているだけだった。
「ああ、おまえたちのやり方を見てるのも面白かったし。十分参考になったよ……この地下迷宮は如何にも中難易度って感じだな? 俺が知っている他の地下迷宮と比べても、典型的過ぎる……少なくとも、ここまではだけどね?」
カイエの台詞に、真っ先に反応したのはトールだ。
「カイエ、その言い方だと……まだ先の階層があるって事だよね?」
盗賊であるトールは、最初にこの地下迷宮を攻略したときに、その可能性を考えていた。しかし、隠し扉や仕掛けを一通り探しても、結局何も見つからなかったのだ。
「そういう事よ……なあ、ログナ?」
カイエに水を向けられて、これまで傍観していた中年男がニヤリと笑う。
「まあ……盗賊だけじゃ、見つけられない仕掛けだからな。俺だってアルメラが気づかなかったら、見落としていたさ」
「そうね……仕掛けと言えば、仕掛けだけど。普通なら…そこまで調べないでしょ?」
アルメラが杖を掲げて、探知魔法を発動させる。
「ああ、ここだわ……何度掘り返しても、すぐに埋まっちゃうのよ」
アルメラは移動して、足元の床を杖で叩く。
「ここを一メートルくらい掘れば、下向きの扉があるんだけど……厭らしい事に、魔法に反応する爆発系罠まで仕掛けてあるわ。支援魔法だけなら使っても問題ないけど……どうする?」
かつてアルメラは、床の下に埋まっている封印の魔石を探知して。ログナを含む当時のパーティーメンバーと扉を開けられるだけの穴を掘ったが。当時すでに白金等級だった彼らが支援魔法とスキルを駆使しても、結構手間の掛かる作業だった。
「下の階層にも、カイエが興味を持つようなモノはないと思うけど……」
わさわざ時間を掛けるほどの事はないと言いたげながら――アルメラの目は、カイエが何をするのかと期待していた。
「まあ、そこまで期待してないけど……大した手間じゃないからさ」
そう言うなり、カイエは――地下に埋まっている扉とトラップごと、アルメラを中心とした半径二メートルほどの地面を一瞬で消滅させる。
「え……」
当然ながら、アルメラは足場を失って落下するが――咄嗟に飛行魔法を発動させて、下の階層の床に激突するのをギリギリで防いだ。
「ちょっと、カイエ……いきなり、酷いじゃない? どうせなら、お姫様抱っこでフォローするとか、して欲しいわよね」
アルメラは文句を言いながら……傍若無人なカイエの振る舞いに、明らかに興奮していた。
「いや、おまえも余裕だよな……何なら、そこに居る奴らも全部片づけてみせろよ?」
カイエは自分が作った穴を上から覗き込みながら――アルメラの周りに群がって来る怪物たちを、面白がるように眺める。
カマキリのような腕と翼を持つ銀色の魔法生物――中難易度地下迷宮には滅多に出現しない有翼の殺害者の群れが、無防備に空中に浮かぶアルメラに襲い掛かる。
「ホント……カイエって、酷いわよね。でも……そういうプレイも嫌いじゃないわよ――『魔法の矢』!」
アルメラが発動したのは下位魔法に過ぎなかったが……彼女は出現させた二十本の光の矢を正確に操作して、有翼の殺害者の目をピンポイントで狙う。
「でも、そっちに行く分までは責任持てないないわよ……ログナ、バックアップは任せるから」
アルメラは支援魔法を重ね掛けして、有翼の殺害者の間を擦り抜けながら、一体一体を確実に仕留めていく――アルメラも上位魔法は使えるが、周囲を囲まれた状態では使い勝手が悪い上に、詠唱時間が足りないと即座に判断して、速射できる下位魔法を選択したのだ。
頭の回転と、咄嗟の状況判断能力――それがアルメラの最大の強みだった。魔法の威力でも金等級であるギルを上回っているが……一対一の総合力では、遥かに上を行く。
「何だよ、アルメラ……面倒くせえな」
ログナもそう言いながら、スキルを使って穴の上に蜘蛛の糸のようなものを張り巡らす――足場を作ると軽業師のようにその上を移動して、近づいて来る有翼の殺害者だけを投げナイフで器用に撃墜した。
「なあ、アルメラ……ヤバそうなら逃げて来いよ。面倒だけど、あとは俺が片づけてやるぜ」
アルメラは近接戦闘が苦手な魔術士なのだからと、ログナはやる気のない感じで一応声を掛けるが。
「何を言ってるのよ、ログナ……全然、そんな気なんて無いでしょう?」
「ハハハ……アルメラにバレるのは仕方ないか? まあ、適当に頑張ってくれよ」
まるで緊張感のない会話を続けながら、ログナはアルメラのサポートに徹する。
そして、十分と掛からずに――アルメラは下位魔法だけで、有翼の殺害者の群れを壊滅させた。




