22 神聖竜
今の今まで隣で話していたカイエと、神聖竜アルジャルスが親し気に話をしている光景は――アリスにとっては違和感ありまくりだった。
「……えっと? 今、『久しぶり』とか言ってなかった?」
「うん、そう言ったね。へえー……カイエは神聖竜様と知り合いなんだ。なんか凄いね!」
先ほどまで敬虔な顔で膝を突いていたエマも、思わず驚いて立ち上がった筈だが――すでに状況に順応していた。
まるで自分自身が神聖竜と話しているかように、何処か誇らしげな感じで。羨望の眼差しをカイエに向けている。
「まあ、カイエは遺跡で眠っていた訳だし。それに所謂『魔神』だからな……過去の時代に神聖竜と出会っていても不思議はないだろう?」
エストの方も、すっかり納得した感じで言うので――
「……何よ。神聖竜とお喋りなんて、あり得ないって思ってるのは私だけ?」
アリスは文句を言いたかったが――『まあ、カイエだから仕方がないでしょ?』という二人の態度に、何だか馬鹿らしくなってきた。
「もう、良いわよ……私、ちょっと疲れたわ」
うんざりした顔をするアリスに、エストが同情するように肩をポンと叩く。
「まあ、そう言うなよ……アリスもすぐに慣れるから」
『私は絶対に慣れたくないわよ』などとアリスが内心で呟いたとき――
カイエは神聖竜アルジャルスと対峙していた……ていうか、文句を言っていた。
「さっきのバハムートとか、昔より確実に酷くなってないか? 俺以外の誰が、あんな奴を倒せるんだよ?」
呆れた顔をするカイエに、アルジャルスは不敵に笑う。
「いや、稀代の勇者であれば不可能ではない。それに、その程度の力がなければ、この神聖竜アルジャルスの地下迷宮の番人として相応しくなかろうが!」
「おまえも相変わらずだな。ホント、神聖竜の名が呆れるよ……まあ、そんな話はどうでも良いんだ」
カイエは真顔になって、漆黒の瞳でアルジャルスを見据える。
「今日、俺がここに来た理由は……アルジャルスにやって貰いたい事があるんだよ。まあ、おまえにとっては結構面倒で、やりたくない事だろうけどさ」
「ほう……カイエが何を頼みたいのかは知らぬが。我が不快に思うと解っていながら、敢えて口にするのは――相応の覚悟を持っているという事だな?」
興味深そうな顔をするアルジャルスに――カイエはニヤリと笑う。
「ああ、勿論解ってるさ。交換条件として……俺も一つだけ、おまえの言う事を何でも聞いてやるよ」
「何でもだと……本当に何でもすると言うのか?」
アルジャルスは真剣な顔で訊き返す。
「おい、アルジャルス。しつこいぞ……俺に二言はないからな」
不機嫌な顔をするカイエを、アルジャルスは豪快に笑い飛ばす。
「頼み事をする者の態度とは思えぬが……まあ、良かろう。『混沌の魔神』カイエ・ラクシエルの望みであれば、我が叶えてやろう!」
おいおい、魔神なんて気楽に呼ぶなよとカイエは思ったが――その理由をアルジャルスに説明すると面倒な事になりそうだから、放置する事にした。
「じゃあ、決まりだな……なあ、エスト、アリス、エマ! 話が付いたから、こっちに来いよ」
三人は神聖竜への対応に戸惑いながら、カイエとアルジャルスの元へとやって来る。
「話が付いたって……カイエ、どういう事なんだ?」
話が飲み込めない様子のエストに、
「そうよ! 私たちの目的はローズを助け出すことでしょ?」
アリスが言葉尻に乗って畳み掛ける。
「神聖竜様……初めまして。聖騎士エマ・ローウェルと申します」
そんな二人を余所に、エマは少し恥ずかしそうにアルジャルスに挨拶する。
「うむ……『光の剣』の一振りとして、其方は研鑽しておるようだな」
「あ、ありがとうございます、神聖竜様!」
感激しているエマを尻目に、アリスは『何とか言いなさいよ』とカイエを睨んでいる。
「ああ、解ってるって……ローズの事は神聖竜様が全部サクッと解決してくれるからさ」
カイエは意地の悪い笑みを浮かべて、アルジャルスを見る。
「今、勇者ローズが聖王国セネドアの王都に拘束されている……俺のために王族を殴った罪でね。なあ、アルジャルス……おまえなら、聖王国に勇者を開放させることくらい訳ないだろう?」
「……そういうことか。なるほど、確かに面倒な頼みだな……だが、約束してしまったのだから仕方あるまい。良かろう……我が勇者ローズを開放してやろう!」
アルジャルスの発言に――エストとアリスとローズは信じられないという顔で、竜の顔をまじまじと見る。
「神聖竜がローズの事を……でも、どうやって?」
アリスの呟きに――アルジャルスは応える代わりに身を屈める。
「転移魔法では、我が転移することは叶わぬからな。聖王国の王都に行くのなら、我がおまえたちを運んでやろう!」
「神聖竜様が……王都に……」
まだ信じられないという感じでエマが言う。
神聖竜が人前に姿を現わすなど――ここ二百年以上もなかった事だ。
その奇跡のような出来事に自分が関わっているのに、エマは実感を持てずに戸惑っていた。
「神聖竜様、ありがとうございます」
エストはアルジャルスに頭を下げると――カイエに微笑んで、右手を差し出す。
「カイエ……私にもようやく理解できたよ。さあ……ローズを救い出しに行こう!」
エストの輝くような笑顔に、カイエも屈託のない笑みで応える。
「ああ、そうだな……ローズが退屈してるだろうからね」
エストの手を取ると、身体能力では劣る彼女を気遣いながら、一緒にアルジャルスの背中へと登って行く。
そんな二人のやり取りを――アリスはジト目で見ていた。
「何か良い雰囲気出してるけど……エストなら魔法で飛べば良いだけの話じゃないの? 今日見たことは全部、あとでローズに報告するからね!」
「な……ア、アリス! ち、違うんだ、全部誤解だ!」
「はいはい、そういう言い訳はローズにしなさい……ほら、エマもぼーってしてないで、早くこっちに来て!」
「あ、うん……解ったよ」
一番最後にエマがアルジャルスの背中に登ってくる――彼女が竜を見上げるようにして一人で立っていた理由に、このとき誰も気づいていなかった。
(……変だな? 何だろう、この気持ち……)
カイエとエストが手を繋いでアルジャルスに登っていく姿を見つめながら――エマは胸を締め付けるような痛みを感じていた。
ようやくローズを助けられる。それにみんな無事で、誰一人傷つく事なく帰る事が出来るというのに――エマは生まれて初めて感じる痛みに戸惑っていた。
「じゃあ、みんな準備は出来たな……アルジャルス、さっさと飛べよ」
「カイエ、おまえという奴は……」
神聖竜である自分を雑に扱うカイエを アルジャルスは苦々しく思いながら――
「振り落とされぬように、しっかりと捕まっておれ! 我の速さは、飛行魔法など比較にならぬからな!」
怒気を孕んだ声で告げると、迷宮の天井に大ききな円形の光が出現する。
アルジャルスが垂直上昇して光を潜り抜けると――そこはもう外だった。
すでに日は暮れており――月明かりに照らし出されるアルペリオ大迷宮を、アルジャルスの背に乗る四人は上空から見下ろす。
「もう、こんな時間なのね。さすがに、これからだと王都に着くのは真夜中よね……」
アリスは思わず呟くが――
「何を言っておる? 聖王国の王都までなど、我にとっては束の間の距離だ!」
そう言うなりアルジャルスは一気に加速する――まるで巨大な弾丸のように、神聖竜は鋭角に翼を広げて夜空を駆け抜ける。
「「「キャャャャ!!!」」」
三人の本気の悲鳴を木霊させながら――




