106 迷宮の仕掛け
「あー! もう何か、頭がこんがらがって来たんだけど……私たち、今どこにいるのかな?」
迷宮の回廊で、エマは頭を抱えるが――そんな風に叫びたい気持ちも、解らなくはない。
もう同じような通路を十回以上通っていたが、本当に先に進んでいるのか、怪しいものだった。
探索が順調だったのは、最初の五階層までで――ギャロウグラスの迷宮が三重地下迷宮と呼ばれているのは、伊達ではなかった。
この迷宮は三つの構造体を繋ぎ合わせたような複雑な造りをしている上に、これでもかと配置されたトラップ的な転位ポイントが、現在地点を見失わせるのだ。
ループするように配置された二点間転位ポイントなど、まだ可愛い方で――何度も道を分岐させた挙げ句、結局どこを通っても同じ地点に戻るなど。
そんなものが、さらに何重にも組み合わされているから、ベテランの探索者でも初見で攻略するなど不可能だった。
「とりあえず、怪物と遭遇しなくなった時点で、ループしてることくらい気づきなさいよ」
後ろから歩いてきたアリスが、呆れた顔をする。
「ええー、またループしてたの? アリスも気づいてたなら、もっと早く教えてよ!」
「エマ、何言ってるのよ。あんたが勝手にどんどん進むのが悪いんでしょ!」
「私も、エマが自分で攻略したいのかなって思ったから、黙っていたんだけど……」
一緒に先頭を歩いていたローズは、ニッコリと笑ってトドメを刺す。
「迷うのが嫌なら、初めから言えば良いじゃない。カイエかエストに魔法を使って貰えば、こんな仕掛けなんて簡単に破れるわよ」
「え……それって、私はしなくても良い苦労をしたって事? ねえ、エスト……本当に?」
エマに詰め寄られて――エストはバツが悪そうな顔で、思わず目を逸らす。
「いや……まあ、間違っては……いないかな?」
「……もう! みんな、どうして黙ってたの?」
エマは納得できないと、拗ねた感じで頬を膨らませる。
「こんなところで足止めされてたら、それこそコリンダの冒険者たちが追い付いて来ちゃうじゃない! 私のせいで……みんなに迷惑を掛けたくないのに……」
「エマ、変なことを気にするなって。あんな奴らの事なんかより、おまえが迷宮探索を楽しんでるみたいだから、俺たちはそっちを優先したんだよ」
カイエは悪戯っぼく笑って、エマの肩を抱く。
「そもそも俺たちは初見なんだし、どのみち奴らには先回りされるだろうからさ。それよりも、一生懸命攻略しようとしてるエマの邪魔をしたくなかったんだよ」
「え、それじゃあ……本当にみんな、私のために?」
エマはすっかり機嫌を直して、嬉しそうに微笑むが――
「エマ……あんた、チョロ過ぎるわよ」
アリスはジト目で――カイエを見ていた。
「カイエ、あんたも大概にしなさいよ――ごめん、エマ。先に謝っておくけど……私とカイエは、いつになったらエマが気づくか賭けてたのよ。でもね……さすがに、もうちょっと早く気付きなさいよ」
「ああ、そうだな……俺はエマのことを信じていたからな。おかげで、儲けさせて貰ったよ」
しれっと何食わぬ顔で応えるカイエに――エマは涙目になる。
「ひ、酷いよ、カイエ……」
しかし、カイエは追い打ちを掛ける。
「いや、今回の件はエマが間抜けだったと思うよ。おまえは強くなりたいって言うけどさ……力や剣の技量以上に、いかに状況を見極めて、必要な手段を講じるかが、勝敗を分ける大きな要因なんだよ。そういう点では、エマもまだまだって事だな」
強くなることに貪欲なエマは、カイエと出会った頃よりも数段強くなった今でも、一番熱心に鍛錬を続けていた。
戦闘時における状況判断にしても、アルジャルスの迷宮での戦いや模擬戦で、相当鍛えられてるが……だからこそ、戦闘以前の状況の見極めについても、もう少しどうにかできるようにしてやりたいと思ってしまう。
「うん……」
落ち込みながらも、素直に認めるエマの頭を――カイエは乱暴に撫でると、
「まあ今日のところは、これくらいにして……エスト、次はおまえの出番だな」
漆黒の目が揶揄うように笑う。
「ローズが言ってたみたいにさ。こんなチャチな仕掛けくらい、簡単に破れるだろう?」
「ああ、当然だな」
エストは不敵な笑みを浮かべると――『迷宮案内人』を発動させる。
彼女が放った無数の光は、迷宮の中を飛び交って、転移ポイントや他の仕掛けを次々と発動させて、その効果を解析する。
その間、エストの頭の中には――地下迷宮の立体的な構造と、仕掛けによって移動する二点間を結ぶ線が浮かび上がり、それは一定時間、魔法的な記憶として残るのだ。
「とりあえず……第十二階層までの最短ルートが解った。問題になりそうな場所は『罠一時停止』の魔法を使うから、私の後に付いて来てくれ」
エストはそう言うと……先頭に立って歩き出した。
ここからは本当に彼女の独壇場で――出現する怪物たちを最小限の火力で瞬殺しながら、僅か二十分ほどで十二層階層まで到達する。
「なるほどね……やっぱり、こういうことか」
転移ポイントから出現したカイエたちを迎えたのは――コリンダのギルドにいたジャレットたち冒険者が二十人ほど。
「よう……意外と早かったじゃねえか」
ジャレットはバスタードソードを片手に、抜け目なくカイエたちを観察しながら近づいてくる。
ギルドにいたときには無かった装身具を幾つか身に付けているのは――何かしらのマジックアイテムなのだろう。
「さっきの借りを……返して貰うぜ!」
他の冒険者たちも同様に、奇妙な形をした道具やルーン文字が刻まれた鎧など、いかにも手当たり次第掻き集めた感じのフル装備で、警戒しながら距離を詰めてくる。
しかし――そんな彼らの事など、カイエは見てもいなかった。
「なあ、エスト……こいつらの相手も、全部おまえに任せるよ。その方が、新しい魔法を試すには良いだろう?」
「ああ、そうだが……カイエ、良いのか?」
エストも嬉しそうに応えるので――
「てめえら……舐めたことを言いやがって!」
冒険者たちは激高するが――
「別に良いよ、いい加減に面倒臭いし。エマには、また後で出番を用意するからさ」
「解った。では……『深淵なる迷宮』」
エストが魔法を発動させた瞬間――二十人の冒険者たちは、闇に飲み込まれて消えた。




