36話:異世界の村で、私たちが見た本当の平和
城塞都市ヴェサリウスでの神崎先生との再会から数日が経ち、私たち五人は新たな冒険の場を求めて旅を続けていた。
田中くん、茜姉、由希子、神崎先生、そして私。
ようやく全員が揃った、本格的なパーティでの初めての冒険だった。
「花、あの村を見てください」
由希子が指差した先に、小さな農村が見えた。『レミナの里』という看板が立っている。麦畑に囲まれた、のどかで美しい村だった。
「休憩がてら、立ち寄りませんか?」
茜姉が提案する。
「ずっと野宿続きで、由希子ちゃんも疲れてるでしょう」
「私も賛成です。村の情報収集も大切ですからね」
神崎先生が教師らしい視点で頷く。
「僕も賛成です。村の情報も聞けるかもしれません」
田中くんが頷いた。
私たちは村の入り口で門番のおじいさんに挨拶した。
「旅の冒険者の方々ですか。ここは小さな村ですが、よろしければゆっくりしていってください」
おじいさんの優しい笑顔に、私たちは自然と心が和んだ。これまでの険しい冒険とは違う、穏やかな時間が流れていた。
村長の家を訪ねると、白髪の温厚そうな男性が出迎えてくれた。
「冒険者の皆さん、遠路はるばるお疲れさまです。私は村長のトーマスと申します」
「田中健太です。こちらは仲間の佐藤花、佐藤茜、鈴木由希子、そして神崎麗華です」
田中くんが丁寧に挨拶すると、村長の目が驚きで見開かれた。
「田中様...もしかして、あの『黒刃の勇者』と呼ばれる方ですか?」
「え...?」
田中くんは困惑する。
村長が興奮気味に続けた。
「黒い刃の剣を使い、一人で魔物の大群を倒すという冒険者の話を、商人から聞いたことがあります。コボルトの集落やオークの群れを、たった一人で壊滅させたとか」
田中くんが慌てたように手を振る。
「あ、それは...人と話すのが苦手で、いつも一人で依頼を受けていただけなんです。目立つつもりはなかったんですが」
私は田中くんの過去を思い出した。花たちと出会う前、彼は一人きりで異世界での冒険を続けていた。その圧倒的な実力から、いつしか「黒刃の勇者」という噂が広まっていたのだろう。
「その黒い刃というのは...」
村長が田中くんの腰の剣に視線を向ける。
田中くんは少し恥ずかしそうに剣を抜いて見せた。ダマスカス鋼特有の黒い波紋模様が美しく浮かぶ刀身が、夕日を受けて静かに光る。
「これは、はじまりの森で最初に手に入れた剣なんです。迷いの森でドワーフの鍛冶屋に出会って...」
田中くんの話に、村長は息を呑む。
「それは...伝説の名工マイスター・グリムのことかもしれません。まさか、あの方がまだ生きておられたとは」
村長の熱心な頼みに、田中くんは少し戸惑いながらも承諾した。
「是非とも、若い者たちに剣の心得を教えていただけませんか?」
村の広場に集まった子供たちの目が、きらきらと輝いている。田中くんは木刀を手に取り、基本的な構えから教え始めた。
「剣は人を傷つけるためではなく、大切な人を守るために振るうものです」
田中くんの真剣な言葉に、子供たちは真剣に聞き入っている。
「その通りですね、田中くん」
神崎先生も槍を手に取りながら微笑む。
「私も同じことを、いつも生徒たちに伝えたいと思っていました」
先生は槍の基本的な扱い方を実演してみせた。教師らしい丁寧な説明に、子供だけでなく大人たちも興味深そうに見つめている。
田中くんが実際に剣を振ってみせると、風を切る音と共に空気が裂けるような剣圧が生まれた。黒い波紋模様の刀身が夕日を受けて美しく輝き、柄の魔石が青い光を放つ。
「本物の勇者様だ...」
集まった大人たちから、感嘆の声が上がる。
一方、茜姉は村の女性たちと子供たちの相手をしていた。最初はその豪快な性格に驚いていた村人たちも、茜姉の根っからの優しさに触れると、すぐに心を開いた。
「茜お姉ちゃん、強いのに優しいね!」
「そうだなあ、強いからこそ優しくいられるんだと思うよ」
茜姉が子供の頭を撫でながら答える姿は、まさに頼れるお姉さんそのものだった。
由希子は村の台所を借りて、私たちの食事を準備していた。しかし、せっかくなので村人たちにも振る舞おうと提案する。
「材料は私たちが持ちますから、皆さんにも召し上がっていただけませんか?」
由希子の手料理は、異世界でもどんどん上達していた。村人たちはその美味しさに魅了され、女性たちが彼女を囲んでレシピを教えてもらおうと必死だった。
そんな中、私は村の人たちとの会話を通じて、村の状況を少しずつ理解していた。
「最近、近くに盗賊が出るという噂があるんです」
老人の一人がぽつりと呟く。
「街道を通る商人も襲われているとか...私たちのような小さな村にも、いつか被害が及ぶかもしれません」
村人たちの表情に不安の影が差す。平和な村だからこそ、外部からの脅威に対する備えが十分ではないのだろう。
「でも、今日は田中様たちがいらしてくださって、心強いです」
村長が安堵の表情を浮かべる。しかし、私たちがいつまでもここにいるわけにはいかない。村人たちもそれは理解しているはずだ。
夕食の時間になり、村の人たちと一緒に食卓を囲んだ。由希子の料理を囲んで、みんなの笑顔が輝いている。こんな平和な光景を見ていると、私たちが異世界で戦い続ける理由を改めて実感できた。
「私たち、本当に良い村に出会えましたね」
「ええ、こういう平和な場所を守るために冒険しているんだって、改めて思えました」
茜姉と由希子の会話を聞きながら、私も同じ気持ちだった。
「生徒たちがこんなに立派に成長して...」
神崎先生が感慨深げにつぶやく。
「教師として、本当に誇らしいです」
田中くんも、村の子供たちと剣の話をしながら、充実した表情を浮かべていた。
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