第99話 掃除好きの男子、貴族になる。
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今日は勤め人にまじってランチをとることにした。
食堂。
白いクロスの敷かれた長いテーブルがいくつも並んでいる。
セルフサービス形式なので、スフィーダもトレイを持ってちゃんと列に並んで、食事を得た。
女王だからといって、ルールを破るわけにはいかないのである。
今日のメニューはチキンステーキとサラダとライスだ。
昼からしっかり精をつけて、午後も乗りきろうという意図が垣間見えるメニューである。
さて、実はこういうときに備えてスフィーダの席は決まっていて、そこにだけ子供用の椅子が置かれている。
そこによいしょと腰掛けた。
彼女の隣にはヨシュアが座る。
食するべく「いただきます」と手を合わせようとする。
その前に、向かいの席にいる青年に目が行った。
俯き加減だ。
食事はまるで進んでいない。
スフィーダにも気づかない。
考え込んでいる様子である。
スフィーダは「青年よ、こんにちは、なのじゃ」と声を掛けた。
ビクッと肩を揺らした青年は顔を上げた。
まだ頬ににきびがある彼は「ス、スフィーダ様っ!?」と声を発した。
相当、驚いたようだ。
「なにか悩み事があるようじゃの」
スフィーダ「いただきます」と言い、チキンステーキを切り始める。
「わ、わかるんですか?」
青年はまたびっくりしたようだ。
「うむ。というか、そなたの表情を見れば、誰でもわかると思うがの」
「そ、そうですか……」
「わしでよければ、相談にのるぞ?」
チキンステーキを口に放り込む。
ほぅほぅと思わず頷いた。
なかなか美味である。
「そんな、いいです。恐れ多いので……」
「まあそう言わずに、話してみるのじゃ」
「そ、それじゃあ、あの……いいですか……?」
「うむ。聞き分けのよい青年は好きじゃぞ」
「僕の母は妾だったんです」
「どこぞの貴族のか?」
「はい。子爵家の」
「ふむ。して?」
「その子爵様の奥様が亡くなられたんです。それで、僕の母を後妻として迎えたいとおっしゃっていて……。でも、どういう事情があったとはいえ、母は一度、捨てられた身なんです。だから、おいそれと飛びつくような話ではないと思うんです」
「そうじゃろうのぅ」
「だけど……」
「他になにか考慮せねばならん事情でもあるのか?」
「母は体が弱くて、日常的に薬を飲んでいるんですけれど、その支払いが馬鹿にならなくて……」
「ふむ」
スフィーダはライスに塩を振ろうと小さな瓶を手にする。
しかし、ヨシュアにひょいと取り上げられてしまった。
塩分のとりすぎはよくありませんと注意された。
むぅと口をとがらせつつも、彼女は食事を続けることにする。
「だから、お受けしたほうがいいのかなって考えています。ちなみに、位も世襲させてもらえるそうです」
「位はともかく、お母上の体のことを思うと、やはり答えは一つしかないじゃろう」
「そうなんですけれど……」
「他にもまだなにか問題があるのか?」
「子爵の位を継ぐわけです。となると、多分、今の仕事を離れないといけませんよね?」
「帝王学とまでは言わんが、叩き込まねばならんことは、いろいろと出てくるじゃろうな」
「僕、今の仕事が大好きなんです」
「なにをしておるのじゃ?」
「城内の清掃です」
「おぉ、それは礼を言わねばならぬな」
食事を終えたスフィーダは、口元をナプキンで拭ってから、ぺこりと頭を下げた。
「日々、お疲れ様なのじゃ。ありがとうなのじゃ」
「と、とんでもありません。本当に好きでやらせていただいているんですから」
「わし個人の意見を述べるぞ」
「は、はい」
「掃除好きの貴族がいてもよいと思う」
その一言がかなり意外だったらしく、青年は大きくした目をぱちくりさせたのだった。
◆◆◆
後日。
掃除好きの青年が、作業着である白衣姿で謁見に訪れた。
立礼し、椅子に腰を下ろした彼である。
「すまんかった。名前を訊いてなかったのじゃ」
「ルイと申します」
「あいわかった。ルイよ、今日はどうしたのじゃ?」
「一応、結果をお伝えしたくて」
「おぉ。どうなったのじゃ?」
「父の許可を得ました。今の職を続けていいと言われたんです。そのかわりに勉強とか馬術とか、そういったことは、しっかり身につけてほしいと」
「うむうむ。最高のかたちに話はまとまったわけじゃな? にしても、どうしてそこまで掃除が好きなのじゃ?」
「もともとスゴく綺麗好きなんです。就職先にお城を選ばせていただいたのは、スフィーダ様には常に綺麗な空間で過ごしていただきたいと考えたからです」
純真無垢な瞳で、なんと素敵なことを言ってくれる青年か。
玉座を離れ、階段を下って歩みを進め、ルイの前で右手を差し出したスフィーダ。
彼は椅子から腰を上げ、今度は片膝をついた。
そして彼は頭を垂れ「これからもよろしくお願いします」と言い、彼女との握手に応じたのだった。




