第92話 庭師の恋。
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さてさて、今日も今日とてお仕事である。
謁見者が訪れるのである。
なにはともあれ、いつだってときは前へ前へと進むのである。
前つばのついた茶色い帽子を膝の上に置いた男はハルという名で、十八歳だという。
庭師をやっているらしい。
はつらつとした目の青年だ。
純朴な感もあって、なんというかこう、愛してあげたい、あるいは守ってあげたいタイプである。
「して、ハルは何用じゃ?」
「あの、つまらないことでも、かまいませんか?」
「よいぞ。この世につまらんことなど、そうはないと思うがの」
「では、その……僕、お嬢様に恋をしてしまったんです……」
ハルは顔をぽっと赤くした。
やはりかわいらしい。
「いくつなのじゃ?」
「僕と同じです。今年で十八になられました」
「立派な家の令嬢なのか?」
「子爵家の方です」
「庭に出入りするようになって、もう長いのか?」
「一年ほどです。その……一目惚れでした……」
「しゃべったことは?」
「ほとんどありません。というか……」
「というか?」
「ひょっとしたら、嫌われているのかもしれません」
「嫌われてしまうようなことをしたのか?」
「そのつもりはありませんけれど、庭師なんて不潔に映るんじゃないかなって……」
「それは、全世界の庭師を侮辱する発言じゃ」
「あっ、いえ。そんなつもりはないです。訂正します。僕が不潔なんです」
「とことん、ネガティブじゃの」
スフィーダはがっくりと首をもたげ、肩を落とし、溜息をついた。
「この際じゃ。そなたの職も性格も、ひとまず置いておくとしよう。つまるところ、ハルはなにをしに参ったのじゃ?」
「スフィーダ様に相談してみたかったというだけです。いけなかったでしょうか……?」
「そんなことはない。お悩み相談、どんと来いじゃからの」
「よかった」
ホッとしたような顔のハル。
彼は続けて「どうでしょうか。やっぱり、身分をわきまえて、やめておいたほうがいいでしょうか?」と訊いてきた。
「やめるというのは、告白することを、か?」
「はい」
「それはそなた自身が決めることじゃ。わしは当たって砕けろという言葉が、結構、好きじゃがの」
「想いを告げないと、一生後悔することになるとは、わかっているんですけれど……」
「高嶺の花。その感は払拭できぬか?」
「その通りです……」
今度は俯き、気落ちした様子のハル。
「告白なんてしてしまったら、絶対にスゴく嫌われて、きっとそのせいで庭の手入れもさせていただけなくなってしまうんです」
「よくない考え方に陥ってしまっておるな。まあ、気持ちはわからんでもないが」
「陛下。いっそ、やめておけと言ってくださいませんか? そしたら僕、諦められます」
「じゃから、そのようなことはけっして言わん。可能性が一パーセントでもあるのなら、勝負をかけろと、わしは言いたい」
「一パーセントもないと思います……」
「ネガティブさも極まれり、じゃな」
スフィーダ、深々と吐息をつく。
ヨシュアが「ハルさん」と声を掛けた。
「は、はい。なんでしょうか、ヴィノー様」
「私の知り合いの伯爵家の子息は、雇い人のメイドと結婚しましたよ?」
「えっ、そうなんですか?」
「ええ。子も二人もうけて、実に幸せそうに暮らしています」
「そうですか……。でも、それはそのメイドさんが、とても綺麗な方だからではないですか?」
「まあ、美人ではありますね」
「ですよね……」
改めてしゅんとしてしまったハルに対して、スフィーダは「いやいやいや。ハルよ、ちょっと待つのじゃ」と言い、さらに彼のことを「器量うんぬんを語るなら、そなただって悪くないぞ? むしろ、かなりいいほうじゃ」と励ました。
「そんなことはないと思いますけれど……」
「四の五の言わず、まずはアタックしてみたらどうじゃ? そのあとのことは、それこそ事後に考えればよいではないか。手入れをしているのは、その家の庭だけというわけでもないのじゃろう?」
「それはまあ、はい……」
「最悪のケースでも、顧客を一件、失うだけではないか。いかんぞ。若者が尻込みしていては。何事にもドカンとぶつかっていくべきじゃ」
「それでも僕は……その……えっと……」
「あまりくよくよ考えるのがよくないのじゃ。やってみろ。わしは断固、応援するぞ」
スフィーダはハルの背を押すことに終始する。
だが、彼は苦笑のような表情を見せるだけだった。
「控えることにします。あまりに恐れ多いことですから」
「うーむ。そう言われてしまうと、いよいよ貴族制に対して、文句を言ってやりたくなってくるのぅ」
「スフィーダ様がそこまでおっしゃってくださることが嬉しいです。大丈夫です。僕、明日からもフツウにがんばれます」
ヨシュアが再び「ハルさん」と発した。
「はい。ヴィノー様」
「一応、そのご令嬢の家の名を教えていただけますか?」
「プレシアです。プレシア様です」
スフィーダはヨシュアに、「知っておるか?」と訊ねた。
「はい。心当たりがあります。あまり付き合いはありませんが」
そう答えると、ヨシュアは三度「ハルさん」と呼び掛け、それから「いかがでしょう? 少し、こちらで探りを入れてみましょうか?」と提案した。
驚いたふうに「えっ!」と声を上げたハルである。
「そんなこと、できるんですか?」
「できなくはありません。あまり気乗りはしませんがね」
「気乗りがしないのでしたら、僕はなにも……」
「なんとかして力になりたいと考えています」
「ど、どうしてですか?」
「決まっています。貴方が絵に描いたような好青年だからですよ」
すると、ハルはグスッと鼻を鳴らして涙ぐみ。
その素直さに、スフィーダは「うむうむ」と頷いた。
「わしの名を使ってよいぞ」
「いえ。私の肩書きでじゅうぶんです。評判の美人だから会いたい。取って付けたような理由ではありますが、それで行きましょう。というわけですので、またお呼びしますよ、ハルさん」
「はい! よろしくお願いします!」
椅子から腰を上げ、深々とお辞儀をしたハルだった。




