第574話 望んだ世界。
◆◆◆
なにせ国民の心の拠り所だった、フォトンなのだ。国を挙げて盛大な葬儀を行う案も出たのだが、彼の家から「それはやめてほしい」と断られたらしい。フォトンはかねてから、自らが死んだ折には静かに見送ってほしいと言っていたそうだ。「少佐は海が好きだったんですよ」とヴァレリアは言い、「じゃったら、海に葬ってやったほうがよいのではないのか?」とスフィーダは提案したのだが、「少佐は大地のほうが好きでした」ということだったので、土葬した。
もう涙は枯れ果てた。ヴァレリアもそうらしい。ヨシュアは泣くところを他人に見せるニンゲンではない。フォトンを知っているニンゲンは、みな、泣いた。あの無愛想な人物のどこに魅力を見たのか……いや、無愛想だからこそ、純粋に見え、純朴そうにも見え、だからこそ、誰にとってもかけがえのない存在だったのだ。
ヨシュアはこれまでどおり、大将閣下を務めるのだという。その他もろもろの連中も、引き続き、軍に籍を置くらしい。頼もしいことだ。ダインがいなくなったところで、いきなり世界が平和になったりするわけではない。東西南北はいつうるさくなってもおかしくないし、また曙光と事を構えることになるのかもしれない。気を緩めることなどできない状況なのだ。
そのなかにあって、ヴァレリアだけは職を辞するのだと言う。「一区切りです」とのことだった。当然、スフィーダは心細さを覚えた。ヴァレリアは大の友人だ。大切な友だちだ。せめぎ合う恋敵でもあった。なのに、いなくなってしまうなんて……。
「里に帰って、結婚でもするのか?」
「まさか。少佐以上の男性がいるわけもありません。妥協するつもりもありません。私の心も身体も少佐のものです」
「じゃったら、なにを?」
「とりあえず、世界中を見て回ろうと考えています。少佐が救った世界を、私はとにかく観察してみたい」
少佐――フォトンが救った世界。
自分だって見てみたいと、スフィーダは思った。
「いつかは帰ってくるのじゃな?」
「気が向けば」
「寂しいことを言うでない」
「女王陛下に祝福を」
ヴァレリアはそれだけ残して、行ってしまったのだった。
◆◆◆
一番、喜怒哀楽の激しいところを見せたのは、エヴァである。
「私は助かった。スフィーダ様もヴァレリアも、閣下も助かった。だからってさ、ああもうっ、フォトン・メルドーってさ、どれだけ身勝手であれば気が済むわけ?」
プールサイド――テラスに設けさせた丸いテーブルで顔を突き合わせ――向こうにいるのがエヴァである。
エヴァは目にじわりと涙を浮かべた。そこに恋心がなくとも、フォトンの死が悔しくて悔しくて、一晩中、泣いたのではないだろうか。
「おまけにさ、ヴァレリアはどっか行っちゃうし……だったら連れてけっての。ああ、まったく、もうっ、私は一人ぼっちでどうすればいいわけ?」
スフィーダは苦笑しつつ、「わしがおるじゃろう?」と告げた。
「やーよ。女王陛下と傷の舐め合いなんてしたくないわ」
「冷たいのぅ」
「馬鹿言いなさいよ。気を遣ってあげてるんだから」
「そのへんはわかっているのじゃ」
「ああ、ほんとうにやり切れないわ」
「確認じゃが、そなたも、また?」
「ええ、そうね。とりあえず、メルドー少佐のこと、嫌いじゃなかったわ」
涙しつつ、スフィーダは「ありがとう」と述べた。「やぁだ、どうして泣くのよ」と笑われてしまった。しかし、真意は伝わっているはずで。だからエヴァも、それ以上、なにも言わなかったのだろう。
「今日も空が高いわねぇ」
エヴァは微笑んでみせた。




