第564話 接近の曙光。
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ネフェルティティが失われてからというもの、スフィーダは毎日泣いてばかりいた。ベッドで横になり、来る日も来る日も、ぐすぐすぐすぐす泣いた。姉を亡くしたような気分だった。妹を亡くしたような気分だった。家族を亡くしたような気分だった。二千年も生きているのに情けない話だ。公務にも支障をきたすくらいだ。謁見の間すら開くことができない。それでもヨシュアがなにも言ってこないのは、彼が心中をそれはもうきちんと把握してくれているからなのだ。だが、だからこそ、自分一人が悲しみに暮れていていいわけがないとも思うのだ。
スフィーダはその日、白い寝巻のまま、枕を抱いて、私室からちょこんと出た。玉座の隣にはヨシュアの背中が見え、彼は振り向くと「おはようございます、陛下」と言い、にこりと笑みを浮かべた。スフィーダは目をこすりながら近づく。そして、彼を見上げた。
「おまえがずっと一人で対応しておったのか?」
「まあ、はい、ええ。私では物足りないというニンゲンが多いように思いましたが」
「そんなことはあるまい」
「あるんですよ」と言い、ヨシュアはいたずらっぽく笑った。
スフィーダは、枕を抱えたまま、玉座におしりをのせた。
「ここ数日でなにか変化は?」
「危なっかしい状態です」
「危なっかしい? どういうことじゃ?」
「私はそこまでやっておられるとは考えていなかったのですが、ネフェルティティ様は自らが敗れた折には、プサルムに降れと伝えていたようです。しかし、いくらなんでも、受け容れる側としていきなりそれは難しい。そうでなくとも、アーカムの上層部のニンゲンにとって、その命令には従い難い」
「ネフェルティティの命令じゃろう? じゃったら――」
「ネフェルティティ様がいなくなってしまったからこそ、聞けない命令なんですよ」
「そういうことか……」
「はい」
スフィーダはぎゅっと枕を抱き締める。ヨシュアが「朝食にいたしましょうか?」と訊ねてきたが、彼女は「食欲がない」と断った。
「スフィーダちゃんは大食いなのでは?」
「大食いではあるが、もはやスフィーダちゃんではない」
「スフィーダちゃんですよ」
「ヨシュア!」
「おや、私と喧嘩をなさいますか? その枕を武器にして」
途端、毒気を抜かれてしまった。
スフィーダはおいおい泣く。
「そうじゃ、そうじゃのう、そうなんじゃのう。ネフェルティティは死んでしまったのじゃのぅ。悲しいぞ、ヨシュア、とってもとっても悲しいぞ」
「そうお思いなら、一つ、私の首を刎ねてみてはいかがでしょう?」
冗談を言うなと睨みつけてやると、ヨシュアは深く深く頭を垂れた。
「もういい、わかった。死んだ者を思うのは尊いことじゃが、それでは国が立ち行かん」
「陛下、賢いではありませんか」
「じゃから、ヨシュア、おまえはっ――」
「曙光が接触してきました」
「……は?」
曙光?
あの曙光?
あの曙光しかないだろう。
連中が接触してきた?
「実質的にノキア、こちらの大陸に残った大国はプサルムのみです。ティターンはおとなしいものです。が、先に申し上げたとおり、アーカムとのあいだでは、これからも揉めることがあるでしょう。そのへんの敵情視察。そんなところが、目的ではないでしょうか」
「先方の代表は? またリヒャルトか?」
「驚かないでくださいませ」
「ななっ、なんじゃ、あらたまりよってからに」
「ダイン皇帝です」
さすがに目を見開かざるをえなかった。
「ダイン自ら……?」
「ぜひとも丁重に迎えてもらいたいとのことです」
スフィーダは立ち上がると、枕を地面に叩きつけた。
「なにをほざくか! ダインのせいでネフェルティティは死んだのじゃぞ!」
「それは多少飛躍した物言いですね。攻め込んできのは、あくまでもネフェルティティ様の意志あってのことです」
「そんなわけあるか!」
「陛下、落ち着いてくださいませ」
スフィーダはヨシュアにぼふっと抱きついた。
「ネフェルティティのせいではない。ほかに悪い輩がいる。そうとでも考えなければ、やりきれんじゃろうがぁぁ……」
「陛下はとことんお優しいですね」
「そう思うなら、よしよしと頭を撫でてくれ」
そうしてもらえたので、スフィーダ、若干、回復。
ヨシュアから離れた。
「で、どうするのじゃ?」
「戦うのは簡単です。しかし、私たちにはなにより先に国民を守る義務がある」
「裏を返せば、義務がなければ、戦うということか?」
「そうではありません。理想の問題です」
「会うしかないというのか?」
「現状、従うしかありません」
「不本意じゃのぅ」
肩を落としたスフィーダである。
「やむをえません」
「民には? どうするのじゃ?」
「周知します。隠し事をすることが、最もよくありませんから」
スフィーダは枕を拾い上げ、またそれを抱き締めた。
「上から目線で皇帝を名乗っているだけの、どうせつまらん若造じゃろう。ヨシュアよ、場合によってはその場で討つぞ」
「ほんとうにそれほど軽い相手なのか――見極めるためにも必要な会談だと考えます」
「日取りは?」
「今日、来ます」
「せっかちじゃのぅ」
「指導者とは少なからず急進的なものです」
「着替えてくるぞ」
「そうなさってくださいませ」
スフィーダ、今日は戦闘服の黒いドレスで迎え撃とうと決めた。




