第50話 ジェファソンとロバの末路。
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今日も今日とて、朝っぱらから玉座に腰掛けているスフィーダである。
ヨシュアが出勤してきた。
赤絨毯の上をゆっくりと歩み、近づいてくる。
彼の隣には、黒くて平べったい帽子を頭にのせた側仕えの老人の姿がある。
二人は所定の位置で止まると、揃って綺麗なお辞儀をしてみせた。
「おはようございます、陛下」
ヨシュアの挨拶があった。
「おはようなのひゃああ……」
スフィーダ、返す途中であくびをしてしまった。
ヨシュアが階段を上がりながら「もう一度、お顔を洗われてきてはいかがですか?」と進言してきたのだが、スフィーダは「要らぬ世話じゃ」と突っぱねた。
お寝坊さんのスフィーダであるが、なんだかんだ言っても、一度、目が覚めてしまえば大丈夫なのである。
玉座のかたわらに控えたヨシュア。
側仕えの老人は挨拶をした位置で待機している。
ヨシュアが「一つ、報告がございます」と切り出してきたので、スフィーダ、「なんじゃ?」と問掛けつつ、左方の彼を見上げた。
「パン・コンテストの結果が出ました」
そう言われ、スフィーダ、「へっ?」と少々間抜けな声を発した。
彼女は開催の旨など聞かされていなかったのだ。
「いつやったのじゃ?」
「昨日の日曜日に」
「なぜ、事前に知らせてくれなかったのじゃ?」
「すっかり失念していたのでございます」
「おまえに限って、それはないじゃろう?」
「いえ。本当でございます」
「むぅ、そうなのか。まあよい。で、どうだったのじゃ? というか、ジェファソンも参加したのか?」
ジェファソン。
以前、謁見に訪れた、パン職人の老人である。
彼の作ったパンは実にうまかったのだ。
「詳しい話はのちほど。謁見者の対応が先でございます」
「あいわかった。ヨシュアよ、今日は一緒にランチするぞ。付き合うのじゃ」
「承知いたしました」
スフィーダは前に向き直って、一つ大きく頷いた。
すると、側仕えの老人は頷き返し、向こうへと歩いていった。
謁見者を順番に中へと通すのは、彼の役目だ。
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昼食。
玉座のそばに設けさせた白いテーブルにて。
朝はパンではなく、リゾットだった。
従って、コンテスト優勝者のパンを食べるのは初めてである。
スフィーダはかごに入っているチーズパンを一つ取って、それに噛りついた。
咀嚼する、咀嚼する。
ごくんと飲み込み終えたところで「これはジェファソンの作ったパンではないな」と口にした。
「さようでございますが、味はいかがでございますか?」
「確かにうまい。よい材料を存分に活かしておる感じじゃ」
「審査員の評価も、軒並みそういったものでございました」
「じゃがのぅ」
「お気に召しませんか?」
「そこまでは言わんが、ジェファソンのパンにはもっとこう、温かみのようなものがあったと思うのじゃ」
「思い入れがあるせいでは?」
「まあ、そうなのかもしれんが」
「ジェファソン氏は参加しませんでした。正確に言うと、参加することができなかった」
参加することができなかった?
そう聞かされると、スフィーダは途端に不安に駆られた。
ジェファソンが老人だったことから、嫌な予感が頭をよぎったのだ。
だから実際に理由を訊ねるに際し、「どどど、どういうことじゃ?」と激しくどもってしまう。
「すぐにヒトをやって調べさせました」
「結果は?」
「先日、亡くなったそうでございます」
「な、なぜじゃ? どうしてじゃ?」
「三日ものあいだ、ロバを連れて売り歩く様子を見なかった。そのことを不思議に思った市民がジェファソン氏のもとを訪ね、それで判明したのでございます。孤独死でございます」
スフィーダ、呆然となった。
やがて俯き、彼女は肩を落とした。
「そうか。ジェファソンは独り身じゃったのか……」
「ロバも老いのせいで引き取り手が見つからず、処分されてしまったそうでございます」
「ひどい話じゃ……」
「致し方ないことかと存じます」
「それでも、それでものぅ……」
「ヒトの傷を治す、あるいは病気をよくするような魔法があれば、よいのでございますがね」
「そんな便利な魔法があったら自然の摂理に背くことと同義だと思うが、まあ、あったらあったで喜ばしいことじゃろうな……」
食後、スフィーダは、テーブルの上の花瓶に活けられている白いユリを手にし、その花弁にそっとキスをした。
それをヨシュアに手渡し「これをジェファソンの墓に手向けてやってくれ」とお願いした。
彼女からのせめてもの弔いだった。




