第49話 アーノルド・セラー首相。
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紺色のスーツに紺色のネクタイ。
髪はきちっと七三に分けている。
すらりと背が高い。
もう六十を過ぎたということだが、若々しく映る男だ。
男の名はアーノルド・セラー。
プサルムの首相である。
アーノルドの立礼はひときわきちんとしたものだ。
さすがは一国の政を預かるニンゲンである。
立ち居振る舞い一つとっても、凛々しさが匂い立つ。
椅子に座るよう促すと、彼は静かに腰掛けたのだった。
スフィーダは「日々、お疲れさまなのじゃ」と言った。
するとアーノルドは「陛下からのねぎらいの言葉は格別です」と述べ、わずかに口元を緩めてみせた。
「アーノルドよ、今日、来てもらったのは他でもない。わしはそなたに謝罪せねばならんのじゃ」
「理由をお聞かせ願えますか?」
スフィーダは一つ、うむと頷いた。
「わしはときに、出すぎた真似をしておるじゃろう? こないだなど特にそうじゃ。ビーンシィに飛んでしまった。そうしたいからという理由だけで、国主カタリーナと会ってしまった」
「その件に関しましては、問題ありません。そもそも、あいだを取り持ったのは私なのですから」
「議会の承認は得ずともよかったのか?」
「繰り返しになりますが、いっさい問題はありません」
そう言って、アーノルドは首を横に振るのである。
「もう一つある」
「伺いましょう」
「ネフェルティティの件じゃ。本来であれば、奴にはそなたが会うべきじゃ。わしはそう考えておる」
「いえ。その件に関しましても、陛下にお会いいただいている現状で問題はありません。ネフェルティティ女王は、ニンゲンの話になど耳を傾けない御方でしょう?」
苦笑したスフィーダである。
「それはまあ、そうやもしれんの」
「少なくとも私が首相であるうちは、陛下のお考え通りに振る舞っていただいて結構です」
「そうなのか? じゃが、なにか問題が噴出したときにはずぐに教えてほしい。無論、これからも、わしのほうから逐一報告を求めることはせん。そなたが旗手となって、よりよい国づくりに励んでもらいたい」
「承知しました。以降も最善を尽くしてまいる所存です」
「偉そうなことをのたまってしまった。すまんかった」
「そんなことはありません」
「わしは偉くもなんともない。長く生きているというだけじゃ。そう解釈する者も、中にはおるじゃろう?」
「少なからず、ご存じでしょう? 陛下の存在そのものを否定する野党も、あるにはあります」
スフィーダは「それはやむを得ぬことじゃ」と言いつつ、笑みをこぼした。
「しかし、我が国の歴史を語る上で、陛下の存在を欠かすことはできません。陛下に絶対的な象徴になっていただくことによって、人々は心強さを胸に、国を立ち上げることができた。その後も、一つにまとまることができた」
「いつか、わしなど要らなくなる日が来るかもしれん」
「寂しいことをおっしゃらないでいただきたい」
「それでものぅ、わしは魔女などおらぬほうが、ずっと健全だと思うのじゃ」
「そのような世界を望まぬニンゲンも多い。それもまた事実です」
「あいわかった。今後もわしは、やれることを全力でがんばるぞ」
「国民を代表して、御礼申し上げます」
うむと答え、スフィーダは笑顔をこしらえた。
「ところでアーノルドよ、一緒にランチでもどうじゃ?」
そしたら、アーノルドは懐中時計を取り出して。
「やはり忙しいのか?」
「念のための確認です。私の一日のスケジュールは、詳細まで新聞に掲載されておりますので」
アーノルドは時計を懐に収めた。
「問題ありません。ご一緒したく存じます」
「よし。決まりじゃっ」
プサルムの首相は、力強く、そして魅力的な男である。




