第158話 パパがいなくなった理由。
◆◆◆
大扉が開く。
玉座の間に入ってきたのは少女だった。
まだ十に満たないくらいだろう。
黄色いワンピースを着ている。
おさげに結った髪がなんとも愛らしい。
所定の位置で止まると少女はぺこりとお辞儀をして、「ルリです」と名乗り、椅子に腰掛けた。
次の瞬間、「あっ」と声を上げたルリ。
ゆるしを得る前に座ってしまったことに気づいたのだ。
だから椅子からおり、また頭を下げ「ごめんなさい」と謝罪したのだった。
「よいよい。かまわん。座ってよいのじゃ」
「えっと、それでは失礼します」
ここに来る前に、練習してきたのだろうか。
きちんとしよう、きちんと振る舞おう。
そんな思いが確実に伝わってくる。
微笑ましい限りだ。
「ルリはどうしてここに来たのじゃ?」
「言っていいですか?」
「もちろんじゃ」
「パパがいなくなってしまったんです。それで、えーっと、えーっと……」
「ゆっくりでよいぞ」
「はい。大丈夫です。えっと、少し、お知恵をいただきたいと思ったんです」
「知恵、知恵か。パパがいなくなってしまった理由について、話をしたいというわけじゃな?」
「はい。スフィーダ様なら、なにかわかるかなって思ったんです」
「ふむ。そういうことか」
「ママは理由を知っているみたいです。でも、訊いても教えてくれません」
スフィーダ、その理由とやらを一生懸命に考えた。
だが、全然思いつかないので、ヒントを得ようとルリに問うことにした。
「パパはどういう仕事をしておったのじゃ?」
「大工さんです。おうちを建てていました」
「まさか、事故に遭ったわけではあるまいな?」
「それなら、ママは教えてくれると思います」
「なるほど。その通りじゃ」
「きっと教えられない理由があるんです」
「うーむ。どういうことじゃろうのぅ」
「スフィーダ様でもわかりませんか?」
「すまぬ。わしにはさっぱり見当がつかん」
ルリは「そうなんだ……」とつぶやき、表情を曇らせる。
「私には、なんとなくわかりましたよ」
今日も玉座のかたわらに控えているヨシュアが言った。
「言ってみろ。どのような理由じゃ?」
「この場では申し上げたくありません」
ルリが大きな瞳をヨシュアに向け、「どうしてですか? どうして教えてくれないんですか?」と無邪気な感たっぷりに問い掛けた。
「貴女にとっては、あまりよくない理由だからです」
「よくない理由? それでもいいです。教えてください」
「すみません。言えませんよ。私には言えません」
「そうですか……」
がっかりしたような顔をしたルリ。
「パパのことを忘れることはできませんか?」
「できません」
「まあ、それはそうでしょうね」
「帰ってきてほしいです」
「そうなることを、私も願いたい」
ルリは椅子からおり、深く深くお辞儀をして見せた。
そして、「スフィーダ様、ヴィノー様、相談に乗っていただき、ありがとうございました」と言うと、とぼとぼとした足取りで引き揚げていったのだった。
◆◆◆
三日後。
またルリが現れた。
今にも泣き出してしまいそうな顔をしている。
「ル、ルリよ、どうしたのじゃ?」
スフィーダは極度に心配して訊ねた。
「パパを見つけました……」
「おっ、それはめでたいことではないか」
すると、ヨシュアが「陛下」と呼び掛けてきて。
「ひとまず黙ってください」
「なぜじゃ? 大いに喜ぶところじゃろう?」
「ルリさん。なにがあったのか、説明していただけますか?」
「……わかりました」
ルリは俯いたまま椅子に座ると、いよいよ肩を上下させ始めた。
ひっくひっくとしゃくり上げる。
「パパは……パパは、知らない女のヒトと歩いていました。とても楽しそうに、手をつないで……」
スフィーダは思わず「えっ!」と声を上げた。
まさか、そういうことなのか……?
背筋を冷たいものが滑り落ちた。
「不倫なのか……?」
「ママから聞かされて、その言葉を初めて知りました。ママは泣いていました……」
「ゆるせん。ゆるせん話じゃ」
「でも、でも……」
「でも、なんじゃ?」
「あんなに幸せそうなパパの顔、初めて見たから、それでよかったのかなって……」
「そんなわけないじゃろうが。ルリのパパは、そなたのことも、そなたのママのことも裏切ったのじゃぞ?」
「裏切ったなんて思いたくない……です」
「なんじゃったら、わしが地獄に落としてやるぞ」
「そんなこと、私もママも望んでいません」
「し、しかしじゃな……」
「ママはとっても強いんです。私もそうなりたいです」
「それではわしの気が収まらん」
「陛下」
「なんじゃ、ヨシュア。なにか文句があるのか?」
「こういうことは、ままあることかと存じます」
「それは、そうかもしれんが……」
ルリが顔を上げて、ズズッと鼻をすすった。
「スフィーダ様とヴィノー様の優しさを、私はずっと忘れません」
「わしは到底、納得できんぞ」
「陛下、こらえてくださいませ」
「ヨシュアよ、おまえは客観的すぎやせんか?」
「裏を返せば、陛下が感情的になりすぎているということでございます」
椅子からおり、「本当にありがとうございました」とお辞儀をしたルリ。
「わしはそなたの味方じゃ。つらくなったら、またここを訪れるのじゃぞ?」
「そうしてもいいですか?」
「もちろんじゃ」
「ご迷惑をおかけしました」
「じゃから、気にするなと言っておる」
ヨシュアが階段を下りた。
歩を進め、立ち止まり、両膝を折ると、小さなルリのことを抱き締めた。
「もっと泣いていきなさい。きちんとたくさん泣いていきなさい」
すると、途端に「えーん、えーん」と泣きじゃくったルリだった。




