第138話 こんなときに、ネフェルティティ。
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ネフェルティティが来るとなったら、国賓として迎えなければならないのである。
一番の同盟国の統治者なので、今さらそれをやめるわけにもいかないのである。
だからといって、有事の際にまで我が物顔で訪ねてくるのはなんとかならないものか。
テラス。
プールサイドに設けさせた白いテーブル。
スフィーダの正面にはネフェルティティがいて、その隣には男がいる。
紫がかった長髪の美男だ。
非常に綺麗な顔をしている。
食事を終えたところで、スフィーダが「で、今日は何用じゃ?」と訊ねると、ネフェルティティは「まずはわらわの新しい最側近を紹介しよう」と答えた。
「誰もそんなことは訊いておらん。興味もない」
「そう言うな。名はヨナ・ヴェルディという」
ヨナというらしい男は、立ち上がってお辞儀をした。
立ち居振る舞いの美しい人物ではあるが、ヨシュアには敵わないなとスフィーダは思う。
「というか、ネフェルティティ、おまえは前にヒトとの色事がどうこう言ってなかったか?」
「無論、そのような関係ではない。愛でるのは美男に限るという話ぞ」
「愛玩動物というわけか」
「そうは言っておらぬ」
スフィーダは「ふんっ」と鼻を鳴らした。
優雅な表情を崩さない、ネフェルティティである。
「おまえは主義主張をころころ変えておるように思うが?」
「わらわは変幻自在なのでな」
「また意味のわからんことを抜かしよって」
「ヴィノー閣下に会いに来たわけであるが、顔を見られず残念ぞ」
「こちとら戦時下じゃ」
「閣下自らが出撃せねばならぬほど、押し込まれておるのか?」
「押し込まれんために、ヨシュアが支えておるのじゃ」
「くだんの魔物は我が国にも襲来中ぞ。知っておるか? 著しく知能が低い者と人語を話せる者とでは、その実力に雲泥の差があることを」
「そんなことは言われずともわかっておる」
「人語を話せる者を一匹捕らえ、拷問にかけた」
「野蛮なことじゃの」
「結果を知りたくはないか?」
知りたいような、知りたくないような。
結果、知りたいと決断した。
「話してみろ」
「偉そうなことぞ」
「おまえにだけは言われたくない」
「魔物の王はイェンファの宮殿を住まいにしている」
「それくらいの見当はつく」
「側近は三匹。オスはアバにサーシェス、メスはミレイというらしい」
「ふむ。アバはそうなのか」
「会ったことがあるのか?」
「まあの。して、王は?」
「オベリスクぞ」
「たいそうな名じゃの」
スフィーダは小さく肩をすくめ、それから紅茶のカップに口をつけた。
「イェンファを攻めていると聞いた。戦況はどうなっておる?」
「橋頭保は築いた。補給のラインも整った」
「誰が指揮を?」
「ヴァレリアじゃ」
「ほぅ。オーシュタハウトゥ大尉が」
「ぶっちゃけ、現場の指揮をとらせたら、ヨシュアの次くらいなのじゃろうな」
「ブレーデセンは? きちんと同時に侵攻しておるのか?」
「地獄耳を自称するおまえが、質問ばっかりではないか」
スフィーダは改めて「ふんっ」と鼻を鳴らしてから「ブレーデセンは曙光のリヒャルトが攻めておる」と答えた。
「その話、まことであったか。スフィーダよ。うぬは曙光に尻尾を振ったわけではあるまいな?」
「そんなことするわけないじゃろうが。やらせろというから放っておいただけじゃ。奴が敗れたところで、ウチはちっとも痛くないからの」
「うぬは阿呆か」
「あ、阿呆じゃと?」
「そうであろう? クロニクルらが勝利し、曙光がブレーデセンを占領するような事態になればなんとするつもりか。我が大陸ノキアへ攻め入るにあたっての足場を与えてしまうようなものではないか」
「もしその気があるなら、グスタフなりハイペリオンなりを踏み台にして、とっくに攻め込んできておるわ。というか、ノキアはおまえの大陸ではないぞ」
いよいよ不機嫌になりつつあるスフィーダ。
ネフェルティティという存在は、どうしてここまで相手を不愉快にさせることができるのか。
「あるいはクロニクルの動きくらい制することができると、うぬは思うておるのか?」
「いざとなったら、フォトンが屠る」
「メルドー少佐ならやれると?」
「わしはそう信じておる」
「信じることで、ヒトが、国が救われるなら、誰も苦労はせぬぞ」
「馬鹿を言え。信じることをやめてしまえば、残るのは絶望だけじゃ」
「うぬとは意見が合わぬな」
「そんなことは大昔からわかっておることじゃろうが」
「まあ、よい。貴国に幸あれと述べておこう」
「茶を飲んだら、とっとと帰るのじゃぞ」
「プサルムは茶すらまずいらしい」
「それは前にも聞いた。オウムか、おまえは」
ここでヨナ・ヴェルディが「スフィーダ様」と声を掛けてきた。
「なんじゃ?」
「我が主、ネフェルティティ様に対する数々の無礼について、謝罪していただけますでしょうか」
スフィーダ、当然、カチンと来た。
「おい、小僧」
「こ、小僧?!」
「そうじゃ、小僧じゃ。わしの逆鱗に触れたくなくば、余計なことは言うな。間違っても出しゃばったことを抜かすな」
「し、しかし――」
「この程度で取り乱すようでは話にならん。ネフェルティティよ、アーカムは人材不足のようじゃの」
「余計なお世話ぞ」
どういう意図があるのか、それはまるっきりわからないが、ネフェルティティは静かに笑んでみせたのだった。




