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074:あわてんぼうの魔女

 

 ミライとイルミカを覗く全員が状況に戸惑い、困惑した表情を浮かべる。


 さすがのミライもオストラルの存在は予想していなかったので、驚きはした。けれども、ひとまず言わなくてはならないのはイルミカの母のことだろう。


「えっと、とりあえず、ミカさんのお母さんは精神が壊れないように違うところに移したから、安心して……」

「ミー――――ラ―――――!」


 あれだけ事前に何をするかをきちんと伝えるよう言ったのに、まだ身についてない新人魔女にベルガーの怒声が向けられた。


「そんなに怒らないでよ」

「説明を!しろ!」

「するから、するから!」


 早く移動させたミーツェアのもとに行きたいのに、と思いながらもミライはその場の全員が問いたげな目をしていることを察知して項垂れた。



「そうか、彼女がミライか」


 さすがにオストラルでも、この状況を正しく把握することは出来なかった。けれども、冷静に全員を観察し、思いつく限りの推測を立てる。


 そして、分かっていることだけを並べるなら、ミーツェアの探していた少女、騎士ベルガーが連行した少女、ミライという存在は今目の前にいる彼女なのだろう。


 ミライに会ったらまず言おうと思っていたことがある。


「すまなかった。対応が遅くなって、心を深く傷付けてしまったこと、謝罪させて欲しい。そのために俺は君を探す手伝いをしていた」


 真っすぐに見つめられて、ミライは思わず読心の魔法を使った。


 このひと、誰だっけ、という気持ちでミライとオストラルが初めて接触したタイミングの情報も魔法で探る。


 思い出したのはあの日のこと、ミライの大好きな父の形見がめちゃくちゃに扱われたあの日。


 イルミカの過去を見た件で、つい涙もろくなっている。

 思い出しただけで、ぽろ、と涙が零れ落ちた。


「べつに、あなたが、謝ることじゃないのに」

「それでも、少女ひとりを泣かせたまま終わっていい事件ではなかった」


 オストラルはあの日のことを、鮮明に思い返す。


 ミライの大切にしていたツヴァイのコートを踏みつけ破った男のこと、悲痛な顔で必死に訴えていた少女のこと。


 自身が到着した際にもっと素早く状況を把握して対応していれば、この少女があんな大きな事件を起こすことは無かったはずだ。


 街の一部が消えたというのに、ミライについて聞き込みをして回ったとき、ミライを知っている人間から悪い言葉が出たことは無かった。


 理解できない不可思議な現象に恐れはあれど、ミライという少女が過ごしていた日々は何の変哲もなく、平和なものであった。


 大きな現象を起こせるほどの力を持っていたであろう少女が誰にも危害を加えず、せっせと労働に励んでいた。辿った足跡から得られた情報があまりにも少なすぎて、オストラルは後悔を強くした。


「あの男について、その後を知りたいだろうか?」

「……ううん。聞きたくない」


 一瞬だけ考えたが、ミライは首を横に振った。

 しかし、オストラルの心の中に浮かんだものはミライにも伝わる。


 あれ以来、ミライの起こした現象に恐れをなした男はすっかり心を入れ替えたが、決して許された訳ではないということが分かった。

 誰も進んでやりたがらない仕事を任せる、ということで話が纏まったらしい。少ない賃金で死ぬまで街のために働かなければならないらしいが、生い立ちが孤児であった為にそれほど苦ではなく、むしろそのことが生き甲斐になったようだ。


 不思議と、ミライの中にどうにかしてやろうという気は起らない。もう、どうでもよかった。だって、ミライが魔法を少し放つだけで命を奪えるほどに小さな存在だ。コートは修繕出来たし、あの街に戻ることはもう、きっと、ない。


「手配中のベルガーについても心配していたが……どうやら、聞いた話とは状況が違うようだ」


 ミライを連行したと言われていたベルガーだが、共に姿を消したことで、騎士ベルガーにそそのかされたのではという話も出ている。しかし、オストラルの見る限り、二人の関係はそのようなものではなさそうだった。まるで兄妹のようにも見える。


 ベルガーはオストラルを警戒して眼光を鋭くしたが、オストラルはふっと笑みを浮かべて首を横に振った。


「王国に突き出す気はない。俺はただ、彼女を探す旅に付き合ってきただけだ。そして、これからも彼女たちを、お前たちを、どうこうする気はない」

「ミラ」

「信じていいよベル!その人悪い人じゃない。それと、待たせてるからちょっと行ってくる!ミカさん、もうちょっと待ってて!」

「行くってお前この状況でっ……」

「ミカさんのお母さんのところ!連れて来るから!」


 そう言って消えたミライに仲間たちは深い溜息を吐く。

 もう何度目かの無茶ぶりだ。慣れていた。


「あー……とりあえず、オストラル。久しぶりだな」

「苦労してきたようだな、ベルガー」


 久しぶりに顔見知りに会ったベルガーは複雑そうな顔をして、とにもかくにもまた説明する苦労を背負ったのだった。



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