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071:封印を解く次代の魔女

 

 ほんの少し肩が揺れて、イルミカが目を開ける。それから、ミライ達を見て、静かに笑みを浮かべた。


「あなたにそんな顔をさせてしまうなら、私から話した方が良かったかもしれませんね」


 涙を堪えているミライに、ベルガーが困ったように眉を寄せた。グエルはよく分からなさそうに三人を見比べたが、口を挟もうとはしなかった。


「ううん。見れて良かった。見せてくれて、ありがとう」

「本来招かれるべきだった国はどうでしたか?」

「とても賑やかで楽しそうだったよ。国王も優しそうな人だったし」

「ええ、とても穏やかで平和を愛する方です。身内には甘過ぎる所もありますが……美しき蔓の魔女ティー・シーを傷付けることなど決してしないと名に誓ってお約束します」


 名に誓うという言葉に魔法的な要素は一つもない。けれど、世界中で共通する認識のなかで自分の名前に誓うという行為は【誓いを破ったら殺されても文句は言わない】と言う意思表明をしたと捉えられる。余程のことがない限りは口にしない言葉である。

 そうとは知らないミライは少し不思議そうにしたものの、突っ込んで聞くことも調べることもなく、大げさな言い方をするんだなぁと流した。

 それも、イルミカの言葉よりも優先したい話があったからだ。


「あのね、ミカさんの魔法の発動の瞬間を見たんだけど……」

「ええ、今でも鮮明に覚えています」

「たくさんの魔法が飛び交っていたし、全部を追えたわけじゃないんだけど、気になるところがあったの」

「気になるところ、ですか」

「魔法の発動が完璧じゃなかった。多分、トリガー……ええっと、発動の条件みたいなものが設定されてたと思うんだけど、ミカさん、どうやって魔法が発動したか覚えてる?」

「いいえ。覚えていることと言えば、空に還ろうとしていた事くらいでしたので、もしかすると私は一度生命を終えたのではと思っていました。それが、発動の条件であったのかもしれないと……」


 つまり、イルミカは自分が死んでしまったことで魔法が発動して、それにより生き返った可能性もあるのではと思っていたらしい。


「終わらない夢を見ているのかと思った事もあります。痛みや感情が少し鈍くなってしまったので」

「それは魔法のせいだと思う。ミカさんを守る為に掛けられてた魔法がミカさんを守り過ぎて感覚が鈍くなってたんだと思うけど、それもゆっくり解けていって今は普通の感覚になってるはず」

「間違いなく、魔法で身体を治して頂いてから、とてもすっきりとしたような気分になりました」


 深く頷くイルミカに、そうだろうそうだろうとミライも頷く。そして、隣の男をじっと見る。


「ちなみに、ベルのことは守り過ぎてるからミカさんが感じていた感覚を今のベルも感じてると思うよ。どの魔法も感情面には作用しないようにしてるけど」

「そういうことか!なんかおかしいと思ったんだよな」

「ほんとに?」

「ちょっとな?」

「本当に気付いてた?」

「ま、まぁ、その可能性もあるとは思ってた、俺は腐っても元騎士だからな、そういうのは、騎士だから、ほら、敏感だから」


 なに一つ気付いていない事がわかったので、ミライはベルガーを無視してイルミカに向き直る。


「話がそれちゃったけど、ええっとね、まず、発動条件はミカさんの死でもなくて、ミカさんは生き返った訳でもないの。感覚が鈍くなったのは、急にたくさんの守りを貰ってしまったからってだけ」

「それでは、他に発動条件があのときにあったのでしょうか……」

「助けてって言ってたんだよね、ミカさん。多分なんだけど、ミカさんが助けを求めたら発動するようになってた」


 きょとん、と初めて人間らしい表情を浮かべたイルミカにミライは確信した。


 やはり、ズレがある。


 イルミカの母とイルミカの間に、ズレが起きてしまったのだ。

 発動していない魔法があるのはそのせいだ。


「ミカさん、助けてって自分が言ったこと、覚えている?」

「いえ、あのときは確か」

「お母さんに助けを求めたんじゃないよね」

「……ええ、どうか母を助けてと、神に」


 自分の生命が終わると思ったとき、イルミカの頭の中には、悲痛に泣いていた母のことがずっと浮かんでいた。


 唯一の血の繋がった家族はもう自分しか居ないのに、その唯一が死ぬことで母をいつか傷付けてしまうかもしれないことにずっと無力さを感じていた。


 生きていればいつかは母の力になることが出来るかもしれない、という希望だけが胸のうちにあったけれど、もうこれまでと命が尽きる寸前で、イルミカはこの世で一番愛した人がどうか救われますようにと祈る気持ちで呟いた。


 どうか、神さま、お母さまを助けて。


 そうして、魔法は発動した。

 助けて、というキーワードに。


「発動していない魔法があるって言ったよね」


 イルミカ中でまだ眠っている魔法がある。ミライは薄くなった魔法を引っ張り出して可視化する。


「ミカさんが助けを求めたら、封印された記憶が解けるようになってたの。ミカさんの居場所を知らせる魔法も同時に組み込まれてる」

「封印……?」

「うん。ミカさんのお母さん、記憶を消したんじゃなくて、封印してただけだったんだよ。ミカさんが助けを求めたときに思い出して駆け付けられるように、用意してたんだね」


 事前にその情報を知って調べようとしなければ見つからないほどに、今はもう薄くなってしまった魔法陣が体内に残っている。過去を見なければ、ミライが知ることは出来なかっただろう。


 イルミカは目を見開いて、堪えるように俯いた。


「どうか、どうか、その魔法を……消して頂けませんか」


 震える声でそう願う。

 ミライはどうして、とまた心が締め付けられた。


「発動しようよ!だって、ずっとミカさん我慢して!思い出して貰ったら駄目なの?会いに来て貰ったら駄目なの?どうして!?」

「母はもう、魔力が殆んどないはずなんです……継承の儀の用意しているならば、魔法はろくに使えない。そんな状態で魔法が発動してしまったら、迷惑を掛けてしまう」

「わたしがなんとかする」

「つらい記憶を思い出してしまうと、一体どうなるか」

「それもわたしがなんとかする」

「しかし」

「会いたいの!?会いたくないの!?」


 なんでお前がそんなに必死なんだと突っ込みたくなる部分はあるが、ベルガーは見守ることにした。

 グエルは空気が読める男子なので、いざとなったらベルガーを盾にする用意は出来ている。暴走したミライがどうなるのか、どうするのか、全く検討もつかないからだ。


 イルミカは強い視線でミライに射抜かれ、思わずぽろりと涙を零す。情けない気持ちでいっぱいになった。


「もうあの方の知る私は、消えてしまったのです。奴隷商人をしている息子を知って、なんと思うか」

「助けるためにやってきたことでしょ」

「立派な息子とは、到底言えない存在になってしまったのです」

「それはミカさんがそう思ってるだけで、ミカさんのお母さんがそう思ってるかは分からないよ」


 いい歳をした男が、様々な国を渡り歩いて世界の闇を見てきたいい大人が、こんなにも真っ直ぐ叱られている。

 イルミカは次第に恥ずかしくなり、声が小さくなっていった。


「もう私の顔など見たくないかも……」

「じゃあ顔だけ隠そう。お面とかでいい?」

「ええ……?」


 再現魔法?創造魔法?ええっと、どういうやり方が一番早いかな、とぶつぶつつぶやくモードにミライが入ったので、ベルガーはイルミカにそっと近付いた。


「いいか、本当にあいつはなんとかする。しかも、なんとかの方法がめちゃくちゃ怖い。素直に会ってみたらどうだ?もし、傷付くような事があれば俺がアンタと酒を飲もう。いくらでも話を聞いてやる。だから、これ以上あいつに口答えしないほうがいい……とんでもないことをやらかすぞ……」


 イルミカは絶句した。ベルガーの表情が全く嘘を言っているように思えなかったからだ。むしろ、本気でイルミカのことを案じているとさえ感じる。


「はい、お面できたよ。洋風な感じにしてみたけどどうかなあ」


 何もない所から取り出したお面は、ギラギラした飾りのついた派手なヴェネチアンマスクだった。


「ほら、な。変なことし始めるぞ」


 ベルガーは励ますようにイルミカの肩に軽く手を置いた。



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