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066:魔法の用意

 

 ここをこうして。これはいらなくて。

 ええっと、これはこう設定。


 ぶつぶつと独り言を漏らしながら、魔方陣をいじっていくミライ。


 複雑な気持ちをなんとか飲み込もうとするベルガーは、イルミカを恨めしげに見た。が、イルミカがミライにとって厄介な情報を与えたことこそ苦々しく思うけれど、知れて良かったのだろうと思う情報ばかりだ。


 感謝こそすれ恨むのはお門違いだと考える。


 グエルは、自分が出会った魔法使いがとんでもない存在だということに驚きはしたが、自分の身に起きるであろうミライの提案が現実味を帯びてきたこともあって、むしろ喜んでいた。


 そんなにすごい存在ならば、国王や辺境伯から逃亡して違う国に住むことも、きっと出来るだろう。


「ベル、いけそう。ミカさん、いいですか?」

「いつでもどうぞ」

「じゃあ」

「ちょっと待てミラ」

「うん?」

「だから、急に動くな。どうなるのか説明してから行け」

「あ、そうだった」


 パアアと光始めた魔方陣に、慌ててベルガーがミライの腕を引く。ミライは少し気まずそうな顔をして、一旦魔法の発動を止めた。


「今からミカさんの記憶の中に入るんだけど、ミカさんは眠ってる状態になって私の姿は消えて見えると思う」

「おう」

「ミカさんの身体には魔法を掛けてあるから、悪意のある攻撃は通らないようになってる。念の為に物理的な攻撃も。ベルとグエル、フィリアさんも継続したままだから何かあっても絶対に守られるから安心して」

「わかった。で、お前に何かあった時は?」

「え?」

「記憶の中に入るってのがどういう状態なのかは知らん。でも、そこでミラに何かあったらどうするつもりだ」

「……うーん、それは、分からない。入ったことがないし、記憶だから危害を加えられることなんてないと思うけど……」

「俺が心配してるのはお前の――」

「うん?」

「あー……いや、いい。魔法のことを知らねえから、嫌な想像ばっかしちまうだけだ。何が起こるか分からない所に行くってのを送り出したくはねえが、行きたいんだろ」

「……行きたい」

「じゃあ約束は一つだ。お前が俺を呼んだら俺も同じ場所に行けるようにしろ。出来るか?」

「出来るけど、それなら一緒に行けばいいんじゃない?」

「ばっかお前、人様の記憶を俺みたいな無関係の人間が覗き見すんのは最低だからな?」


 イルミカは気を遣って、一緒にどうぞと今にも言い出しそうだったので、ベルガーの至極真っ当な主張に擽ったい気持ちにされた。


 ベルガーという男は一見して特に強そうでもなく、秀でたものがあるようには見えなかった男だった。


 しかし、なるほど。

 ミライが共に旅をするのに一番必要な存在かもしれない、と思わされた。


 なんでもできる魔女にあくまでも普通の良心。


 ベルガーという男に薄っすら好意的な気持ちを抱かずにはいられない。


「わかった。何かあったらベルを呼ぶ」

「おう。とりあえず呼ばれたら行くが、絶対に俺のことはお前が守るんだぞ」

「……嫌いになりそう」

「なるな!俺を守るのがお前の義務だろ!」

「はーい、そうでした」


 それじゃあ、行ってきます。

 と、あっけなくミライは姿を消した。


 イルミカは目を閉じて安らかな表情で態勢を保っている。座ったまま眠っているように見えた。


「行ったみたいだね。さて」


 グエルは、ここぞとばかりに動き始めて室内を物色する。


「おい」

「盗んだりしないって。いろいろ見てみるだけ」


 グエルの行動にベルガーはギョッとしたが、言葉通り室内を確認して物を見たり触ったり確かめているだけで、とくに悪さをするようには見えなかった。なので、呆れながらも見守ることにした。


 先程は言い淀んだが、心配なのはミライの精神、つまりは心の部分だった。


 他人の過去を知るということが、どれほど自分にとって負担になるのか、ミライは恐らく知らないだろう。


 話を聞くだけでも嫌な気持ちになる出来事の過去、というものは、本人が語らないだけで、ままある。

 ベルガーは周りにいた騎士の凄惨な過去を知っているが故に、イルミカの過去を見るという安易な行為に嫌な予感がする。


 ミライは無鉄砲だが、傷付きやすい。


 サムニエルに裏切られてめそめそしてしまうくらいには、少女らしい感性を持っている。しかし、そんなミライだから、突き放すことも放置することも出来ずに、ベルガーはここまで着いてきてしまった。


 何事もなく帰ってきてくれることを願いながら、少し度が過ぎてきたように見えたグエルの頭にげんこつを落とす。


「俺が呼ばれたらお前にあとのことを頼むぞ。妹もミラが絶対に助け出す。それまでは味方でいてくれ」


 汚い仕事も背負ってきた少年だ。腹の中がどうなのかは分からない。ただ、この数時間で根っこの腐った悪ガキじゃないだろうとベルガーは踏んでいた。


「俺さぁ、あの魔法使いも、あんたのことも、けっこう嫌いじゃないよ」


 グエルは自分の口から出た言葉に驚いて、じわじわと言葉に感情が伴っていくのを実感した。


 そうか、俺はそう思ってんだ。


 変な気持ちになってふいとそっぽを向く。ロクな大人がいないと思っていたが、そうでもないのかも知れない。


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