064:奴隷商人の心の中
奴隷たちについての情報を知った時は悲惨なものだと勝手に思ってしまったミライだが、管理されている環境はそれほど酷くなく、グエルの妹も同じような環境ならば確かに売られるまでは安心だろうと思えた。
ただ、やはり境遇を考えると、合意でなく奴隷に落とされた者へ悲しい気持ちが湧き上がる。
どうしてそんな酷いことが出来るのだろう、もう少し平和的に解決は出来なかったのだろう、などと考え始めるとキリが無かった。
イルミカは何やら考え込んでいるミライに気付いていたが、フィリアの進行を妨げるのもまたよろしくないと思ったので、女奴隷を管理している部屋の方へと案内を続けた。
「こちらが女奴隷たちの部屋になります。妊娠している奴隷が一名、ほかのものは今は独身ですね」
扉は同じように開いた。作りは先ほどの男奴隷の部屋よりも広く、清潔さを保つためか手洗い場のような場所と大きい水桶と重なった手拭いが結構な数置いてある。部屋の真ん中に区切るように設置された鉄格子があり、その向こうに女たちは居たが――、一際目を惹いたのはお腹が膨れた女だった。
「まぁ……なんてこと、妊娠しているのが彼女ね。どれほど?」
「あと三か月で出産する予定となっております」
「どうして奴隷に?」
男奴隷の部屋では何にも興味を示さなかったフィリアだが、女奴隷の部屋に入ってからは積極的に動き始めた。妊娠している女奴隷のことが特に気にかかるようで、イルミカへ質問する口調が心なしか鋭い。
「旦那の強い意向で娼館勤めをしていた女ですが、旦那がうっかり妊娠させてしまいまして」
「人間の屑ね」
「人気があったもので堕胎を勧められたそうですね。それを断ると今後女が稼げていたはずの分だと言って奴隷商に売られ、金だけ持って消えました。子を守るために言うことを聞いて大人しく売られたそうですが、売られた先で堕胎を強制されている場面に丁度遭遇しましたので、倍の値段にてこちらで買い取りました」
「どうするつもり?」
「子は女児のようですよ」
「そう、私を待っていたのね。いいわ、彼女を買うわ」
「ありがとうございます」
フィリアが即決したことにイルミカは疑問を抱かなかった。
ベラミニーツェの一族の女が妊娠している女を見捨てることなど考えられなかったからだ。
男児であればすぐに拒否したかもしれないが、女児と分かっているのなら迷うことはない。
ベルガーもグエルも何となく場の空気に馴染めずそわそわして目を逸らしている。女奴隷たちが奴隷服といって身体の線が見える服を着ているので、それもあって落ち着かないようだった。
ミライはフィリアとイルミカの会話を聞いていて、思い悩んでいた。
言うか、言うまいか、言ったらどうなるのか、言わなかったらどうなるのか。
自分なりに精一杯の頭を働かせて、覚悟を決めた。
「産まれてくる子は男の子だよ。女の子じゃない」
ミライの言葉におやとイルミカが首を傾げ、フィリアはイルミカを睨みつけた。
「どういうことかしら」
「診断は医者三名にお願いしましたが……三名とも女児だと。おかしいですね」
イルミカがフィリアを騙している様子も見られなかったので、ミライはぎゅっと眉間に皺を寄せて問いかけた。
――この世界の産まれて来る子供の男女の判別の仕方を教えて。
ふんふん、と読み込みながらミライは知っていく。
その判別方法に全くの根拠がないこと、全てが迷信できちんとした検査などは行えてないということ。胸のどちらかにしこりがあるなしで男女を判別している医者がこの地域には多いこと。
「えっと、どこから話したらいいか分かんないな……とにかく、お医者さんのやってる判別方法だと当てずっぽうになっちゃうみたい。ミカさんが悪い訳じゃなくて、お医者さんも知らないでやってるみたいだから、悪くないと思う」
ミライの言葉を聞いて一旦フィリアは落ち着いたが、それでも男児を産むと分かっている女を連れて帰る訳にはいかない。産まれた男児を預けてベラミニーツェの一族に入るならば良いが、そんな情のない女であれば堕胎に頷いていただろう。
「そう……。だけど、やっぱり男児を産む女は連れて帰れないわ。混乱を招くもの」
トルティアは見目麗しく産まれたが、やはり女たちに受け入れては貰えなかった。身体つきやほんの少しの男女差の違和感で女たちは怖くなり、一緒に暮らすことに苦痛を覚える。
「そうですね。仕方ないことです」
イルミカはあっさり引き下がった。そもそも女児という前提が間違っていたのなら、ベラミニーツェに買ってもらうことは出来ない。一族に対してそのくらいの理解はあった。
「ミカさん、売れなかったらこのひとはどうなるの?」
「どうしましょうね。困りました」
困った様子をあまり見せずに言うイルミカにフィリアは漸く合点がいった。
「あなた、だからこんな数の奴隷を……?」
多すぎると思った。あまりにも奴隷の数が多い。フィリアが可笑しいと疑っていた部分がようやく解明された。しかし、そんな人の好い男が奴隷商なんてものを続けられているのは疑問でしかない。
「やめるつもりなんだって、このお仕事を」
答えなかったイルミカに代わってミライが答える。
その言葉に反応したのは牢の中奴隷たちだった。
「そんな……っ」
「わ、私たちはどうなるんでしょうか」
「イルミカさん……!」
随分と慕われているな、とベルガーは思った。
奴隷商とは元来嫌われるものであったはずで、グエルも忌々しそうにしていた。それが普通の反応だ。イルミカは普通の奴隷商ではない、ということが奴隷たちの態度でよくわかる。
「なぁ」
グエルがミライの腕を引いた。
「奴隷商がどうやって管理してるかってのは大体分かっただろうし、奴隷の経歴も知っただろ。お前、奴隷商と話したいって言ってたよな?そっち進めたら」
真っ当なことを言う少年である。さもありなん、フィリアもベルガーも同意して、イルミカは奴隷たちを宥めると一度地下から上がることをミライに提案した。




