059:指名手配
「じゃあ、まずは妹さんが捕まってるところへ案内して」
「はあ!?」
「えっ……なんかおかしいこと言ったかな?」
少年――グエルと食事中に名乗った彼は、名残惜しく握っていたスプーンを置いて、落ち着く為に深呼吸を繰り返す。
「いきなり行ってどうするんだよ。捕まったら危ないだろ」
「でも、行かなくちゃ妹さんの場所が把握できない。転移できるように、どんな場所かまず覚えておかないと」
「転移? 転移って何だ?」
「……いちいち説明するの、めんどくさいなあ。ベル、教えてあげ……あ、見えないんだった」
面倒臭いので代わりに説明して欲しい、とミライは振り返ってベルガーを見たが、言いかけて気づく。そういえば、透明になっていたのだ。
「もう人の多いところに来たし、普通に戻っても大丈夫じゃない?」
ねえ、と何もないところに話しかけているミライは明らかに変だった。だが、フィリアは精霊と話していると勘違いし、グエルは転移というものについて自分なりに考えていたので、突っ込みを入れる人間がいない。
ベルガーは壁に背中を預け、ミライの方を向いている。
「どうしても不安なら姿を変えれば良いし……」
「おまえ、自分が面倒臭いからって俺を使おうとするなよ」
「だって……私が説明してもよく分からないってみんな言うもん。ベルなら掻い摘んで話せるでしょ」
「俺の認識が間違ってたらどうすんだよ。魔法なんて分からねえぞ」
「うん。だから良いんじゃない。わからない人がわからない人に説明するからなんとなーくわかるんでしょ」
「おまえなあ……」
「解除するよ。グエルに色々説明してあげて」
同意を得たかと言われれば微妙ではあったが、魔法を解いてしまえばこっちものだ。
ミライはベルガーに掛けていた透明になる魔法を解除し、グエルを振り返ったが――
「うわああああああ! なんか出てきた!」
「きゃああああああ! 精霊なのに可愛くない!」
グエルとフィリアが同時に叫んだので、ミライはぽかんと口を開けた。
「あ、そっか。ベル、フィリアさんにとっては精霊だったんだ」
「やめろよ……おまえは俺をどうしたいんだ……」
しくしくと顔を覆うベルガーの背中をそっとミライはさすった。
「ベルガーです。私の……えーっと、友人です。騎士です」
「元、だ。もう騎士じゃねえ」
じゃん、と手で指し示しながらミライはベルガーを紹介する。
フィリアは分かりやすく離れ、グエルは呆然とベルガーを見上げていた。
「魔法についてはベルガーに聞いて。私が説明すると複雑になっちゃうらしいから」
「俺もそんなに知らねえけどな……ざっくばらんな説明で良いならしてやる。グエルって言ったな、お前」
ベルガーがグエルに向かい合うと、グエルは呆けた顔のまま小さく呟いた。
「……騎士、ベルガー?」
「あ?」
「あんた、なにしたんだ……?」
「どういうことだ?」
唇がふるふると震えているグエルにミライもフィリアも、ベルガーも不思議そうな顔になる。
顔色があまり良くない。
ミライは立ち上がってグエルへ近付いた。
「グエル。顔色があんまりよくないよ。体調が悪い?」
「来るなッ!……そういうことかよ……そうだよな、魔法使いが助けてくれるなんておかしいと思ったんだ」
「グエル?」
「騎士ベルガー、あんた、今……裏で指名手配されてる。冗談じゃねえよ、そんな大物の犯罪者と一緒にいるなんて……俺をどうする気だ」
急に態度の変わったグエルの様子に、ベルガーだけが冷静になった。
なるほど。サムニエルが、しそうなことだ。
「ああ、公もよくやる……そういうことか」
「ベル? なに? どういうこと?」
「サムニエル辺境伯が、俺に賞金を掛けてるな。そうだろ、グエル」
「……その辺境伯かどうかは知らない。でも、つい最近の話だ。俺は……表に出られないような奴の下で、働いてたから」
「成る程な。探してるとは思ってたが……裏で賞金まで掛けるとはなあ。副団長あたりだろ、工作して周ってるのは」
内心、やっべーどうしようと考えながらも、顔には出さず冷静な振りをするベルガーに、グエルは鋭い視線を向ける。
「なにしたんだ……?」
「俺は何もしてねえよ。したのはそこの魔法使いだ」
グエルはぎょっとしてミライを見る。
ミライはいまいち、よく分かっていないような顔でベルガーを見ていた。
「うん? エルさん、ベルを探してるんだ。やっぱり、怒ってる?」
「さあな。王に言われて探してるかも知れねえし……ま、俺が目的じゃないだろうけどな」
「……私?」
「それしかねえだろ。ミラ、お前捕まらないように気を付けろよ。そして透明になる魔法、はやく俺にその魔法をかけろ」
「……もう! ちゃんと守るから、まだ透明には戻らないで。グエルに説明してあげなきゃ」
「必要なくなるかもな。――グエル、お前……俺たちを信用できねえだろ?」
ベルガーに言われて、グエルは押し黙った。
ベルガーはミライほど、お人好しでも優しくもない。自身を信用しない者を信じる事は出来ないし、疑われている相手にわざわざ力を貸してやろうという気にもならない。
面倒臭そうに溜息を吐くと、ベルガーは顎鬚をそろりと撫でた。
「ま、信用してくれとは言わねえけどな。されなくても問題はねえし。だが、決め付けて掛かるのはどうかと思うぜ。俺はともかく、こいつはお前を助けたいって言ってんだ」
ベルガーとグエルの間に漂う重苦しい空気に、ミライはそっと息を吐く。
――ベルガーが悪者になるのは、あまり好きではない。
グエルはベルガーを、犯罪者を見るような目で睨み付けている。
その視線は本来なら、ミライだけが向けられるべきものだ。
問題を起こしたのはミライで、ベルガーはいつだってミライを助けようとしてくれた。はず。
忠告をして、寄り添って、時には呆れて叱って、それでも――ミライと共に行くことを選んでくれた、お人好しの優しい騎士だ。
誰かに非難されるのも、睨み付けられるのも、自分だけで良いとミライは思う。
この世界で、何も知らずに、問題ばかりを起こしてきたのは全てミライなのだから。
「……あのね、グエル。グエルが誰から、どんな話を聞いたかは分かんないけど……本当にベルは何もしてないよ。――全部、私がやったの。追われてるのは私で、私がベルを誘拐したから……みんな、ベルを探してる。たぶん……」
「話がややこしくなるからミラはちょっと黙ってろ」
「……うん」
ベルガーが、事件はミライが起こしたと言ってから、グエルはミライをぎょっとした様子で見ていた。
だが、やはりミライよりもベルガーの方がグエルからすれば犯罪者に見えるようで、ミライはグエルにたどたどしくも説明しようとするが――あまりにも口下手なミライにベルガーは呆れたような顔をして、ミライの頭部にそっと手のひらを置いた。




