058:歯車
少年がミライの世界の料理に舌鼓を打っている間、ミライも一緒に食べながら様々なことを考えていた。
圧倒的に知識が足りない。
そのことに危機感を覚えたのは、今回が初めてかもしれない。
助けてあげたい。
なんとかできるなら、してあげたい。
そう思う気持ちは強いが、フィリアから大きな魔法をなるべく人前で使わないで欲しいと街に入る前に言われている。
大きな魔法を使わずに、けれど確実に助けられる方法。
とにかく、奴隷がどんなものか、どんな扱いを受けているのか、どんなところに住んでいて、どういう風に管理されているのか――知らなければ、何も始まらない。
――ルバルスローン王国の奴隷について、教えて。
流れ込んでくる情報量は多くも少なくもない。ミライのキャパシティを計算して教えているかのように、心地よくするすると流れ込んできて気分が悪くなったりすることはない。
――奴隷。ルバルスローン王国に限定した知識。
管理自体はこの世界の基準ではとてもおざなりだが、奴隷に関しての未払いや横取りには厳しく取引も厳重に行われる。奴隷取引で発生した問題には解決の為、王国騎士が動員されることもあり、国が奴隷制度を積極的に黙認している。奴隷の中でも若い女は価値が高く、少年少女も見目が良ければ相応の値段がつく。用途は様々で――
「…………なんで、かな」
ミライは流れ込んでくる情報に思わず顔を歪めた。
ひどい扱いだ。
ミライが受けた何倍もの、残酷なことが強要されている。
しかし、強要されている者もいれば、自ら進んで行っている者もいる。
利害の一致というやつだろうか、清々しい関係の奴隷と主人もいるようだ。
他人に恩を感じて自ら奴隷になる者や、家族に金品を渡すことを条件に奴隷になる者。
ルバルスローンの娼館で働いている女は、半数以上が奴隷だった。
それでも彼女達は、納得の上で働いているらしい。
残酷なのは、惨いのは、無理やり奴隷にされた者たち。
拐われて奴隷になった者、自分の意思関係なしに家族に売られた者、詐欺にあって奴隷にされた者。
ルバルスローン王国では、確かに無理強いされている奴隷が多数存在している。
「奴隷は奴隷で、きちんと世界があって……でも、望んでない人も無理やりその世界に入れられて……」
なんとなく、本当になんとなくだが、ミライは理解した。
奴隷を救うことが必ずしも良いことではないということも、反対に助けて欲しいと願っている奴隷がいることも。
「全部は、できない。全部はきっと無理だけど……でも、助けて欲しいって声が私に届いた人は……たすけて、あげたいよ」
俯いたミライに気付いて、ベルガーが肩を叩く。
急に落ち込んだり、急に何かを得たように話したり、ミライには不思議で不審な点が多いが――考えていることはいつも単純だ。
ベルガーはそれを知っている。
ミライはばかで、どうしようもない少女で、素っ頓狂なことを言い出す変な奴だけれど、それでも一生懸命に他人の為に考えて悩んで動く人間だ。
「……なに考えてんのかさっぱりわかんねえけどな、ミラ。おまえ、一人で考えるから周りが迷惑するんだよ。頭のなかにあるもん全部、口に出して説明しろ。面倒臭がったりすんなよ。大事なことだ」
ひとりで考えて突っ走ってしまうなら、周りが止めてやれば良い。
ベルガーはミライとあまり変わらないくらいの馬鹿だが、この世界の常識がある。
ミライが知らないものを知っている。
そして、ベルガーにはベルガー自身ですら気が付いていない大きな魅力があった。
何故ミライがベルガーに懐いているのか、何故化物集団の中でベルガーが爪弾きに合わずに済んだのか。
その事に気が付けるものはごく僅かだった。




