052:ルバルスローン王国
ルバルスローン王国の王都は、石材の防壁に囲まれた灰色の都だった。
中央後部に聳え立つ王城の一番上の旗だけが、防壁の外からでも見えるようになっている。
物々しい雰囲気の門口には二名の武装した男が並び、中に入る人物たちから硬貨を受け取っていた。
「街に入る門は四つあるわ。ここは正門――一番最初に作られた入口よ。厳重に見せかけてるけど、中に入るのは簡単なの」
フィリアはミライに説明しながら優しく微笑んだ。
道中ずっと青い顔をしていたが、到着してからは随分と顔色が良い。
「……うん、覚えた。ベル、フィリアさん、帰ろう」
じーっと門を見つめていたミライは息を吐いて一度頷く。
フィリアは困ったように首を傾げてミライの肩を叩いた。
「あのね、魔法使いさん。さっきから聞くベルって言うのは……」
「えっ? あ、えっと……えっと、私の守護霊です!」
「そうだったの。魔法使いさんは精霊が使えるのね、すごいわ」
何故そうなった。
この世界では守護霊といえば精霊になるらしい。
ミライはまたひとつ賢くなった。
「じゃあ、帰りましょう」
「……え、ええ」
また魔法か……と若干嫌気が差してきたフィリアだったが、転移の魔法には何度となくお世話になっているのでミライはスムーズに魔法を行使した。
数分ほどでツヴァイの小屋を王都の近くまで転移したミライは、今度こそルバルスローン王都へ入る為に気合をいれた。
フィリアも移動がすべて終わりだということにホッとして、身なりを改めて整える。
「魔法使いさん、王都ではなるべく騒ぎを起こしたくないわ。人前で大きな魔法はあまり使わないで貰えるかしら」
「分かりました。フィリアさん、私……ミライです、なまえ」
「ミルァイ。いい名前ね。……魔法使いさんって呼ばれるのは好きじゃない?」
「そんなことないけど、名前の方が嬉しいから……」
「あら、魔法使いさんって呼ぶのはね、敬っているからなのよ。でも、そうね……これからは名前で呼ばせて貰うわね」
魔法使い殿、魔法使いさん、魔法使いミルァイ。
ミライはこの世界では魔法使いと呼ばれるが、元々は魔法使いではないので何だか呼び方に慣れないのだ。
呼び捨てでも構わないのに、と思ってしまう。
しかし、フィリアは驚きながらも名前で呼ぶと言ってくれたので、ミライは少し擽ったいものを感じつつ頷いた。
ベルガーはミライとフィリアと静かに見つめていた。
透明の魔法ですっかり存在感がなくなってしまったが、男嫌いのフィリアがいるので姿を現すことはない。
フィリアが来てミライとあまり会話をしなくなってから、ベルガーはずっとミライを見てきたが予てより思っていたことが確信に変わり始めていた。
――笑わない。
ミライはベルガーと出会ってから、一度も笑っていない。
苦笑したり、嬉しそうに頬を赤らめることはあっても口調を弾ませるだけで、ミライは笑わない。
口角を上げて、目を細める。
たったそれだけのことをミライは一度もしていない。
ツヴァイの上着、コートがなおったときは心底安堵したように涙ぐんで、花菓子を買ったときは口調が明るくなった。
ベルガーがついていくと行った時には泣いたし、ベラミニーツェ一族の魔法を修理した時も安心した顔をしてみせた。
しかし、そのどれの中でもミライが「笑った」ことはない。
子供のように無垢な瞳で、はしゃぐことも確かにあるのに――楽しそうに、或いは嬉しそうに、笑ったことがない。
それはミライを見る度に確信に変わっていく。
表情の変化が乏しい訳ではないのに一番簡単な笑うことがミライにはできていなかった。
「……ミラ」
「ん?」
「おまえ、なんで、笑わないんだ?」
ベルガーは心の底が寒気立つような気持ちで何故か居心地の悪さを感じながらも、ミライに問いかけた。
「……変なの。笑ってるよ。ベル、なに言ってるの?」
ミライは淡白な表情でなんでもないことのように言った。
顔が笑っていないことを、気が付いていないような口調で。
ベルガーは唇を噛み締めて、やりきれないような――見ていられない、痛々しい想いを漠然と胸に抱いた。




