050:井戸の話
中学時代の総合学習授業で班ごとに調べさせられたのは、昔の暮らしについてだった。
学校の周辺にある、今はもう使われていない井戸を調べて回るというものだったが、真面目に取り組んでいたのはたった数人と数少ない。
その数人の中でも、一番必死に、一生懸命に取り組んだのがミライであった。
班のメンバーはミライにすべてを押し付けて自分たちは校外学習そっちのけに遊び回った。
しかし、ミライもミライで「一人で頑張らなくてはいけない」といじめられっ子らしい変なプレッシャーを感じる始末で、その甲斐あってか発表の出来栄えはどの班よりも優れていた。
けれども、班のメンバーは発表自体をかなりおざなりにしてしまい、ミライがまとめた資料や模造紙を全く活かしきれていなかった。
教師が資料を見て「よくここまで調べたな」と言ったことにより、班のメンバーは手柄を横取りすることに決めた。
結果的に三条未来は班発表に協力をしていないということになったが、ミライは自分のしたことを教師が知らず知らずのうちに褒めていたことに満足していた。
やはり、少しだけ寂しさや悲しさはあったが、それでも「やって良かった」という想いの方が勝っていた。
そんな総合学習体験をしたので、ミライは井戸について普通の女子高生より詳しい。
井戸を見てそれが掘り井戸だとわかったのも、仕組みを知っていたのも、そういう過去からの産物だ。
この世界にきて、初めて自分の知識が役立ったのでミライは嬉しくて仕方がなく、また誇らしくて仕方がなかった。
しかし、ベルガーに何度説明をしても「魔法ってすげえな」としか言わず、ミライが成したことには特に触れようとしない。
井戸の構造を理解して、その上で魔法を手段として使ったのだとミライが熱く語ってもベルガーは「魔法ってすげえな」とやっぱり魔法にだけコメントした。
確かに魔法はすごい。
ミライは今まで何度となく助けてもらった。
けれども、今までは「なんとなく」や「たぶん」で行使してきたのだ。
魔法を使う為にそれ以外の知識がその時その時で必要になっていた。
井戸のことに関してはミライ自身がきちんと状態を把握して魔法に手助けしてもらったので、知識に基づいて魔法を工事に使うような形であったが、ミライ以外の人間はそれが分からない。
ミライにとっては「自分で考えた」だが、ほかの人にとっては「魔法で何とかした」としか思えない。
魔法を使っていることに変わりはないのだ。
それが例え、ミライの知識を活かした上で使ったものだとしても。
長々と井戸について語ったミライは「ほめてほめて!」と言わんばかりにフィリアを見上げたが、フィリアは仕方がなさそうに苦笑して「すごいのね」と単純な感想を言った。
ベルガーの時と同じで、あまり興味がなさそうだ。
ミライはしょんぼりと肩を落としてそのことに落胆した。
この世界の住人は「魔法」を崇めるが「魔法の構成」や「魔法の使い道」には興味を示さない。
仕方がないのかもしれない。
魔法使いが殆どいない世界なのだから、そんなことに興味を抱いても活かせる場所なんてない。
ミライは魔法が使えるからこそ、そういったことに目を向けられるのだ。
「魔法使いさん、それじゃあ荷物を運ばせてもらうわね。小屋まで案内してくれる?」
「はい」
落ち込んでも仕方がない。
褒めて欲しいなんていうのは、理解して欲しいなんていうのは、すべてミライのわがままだ。
ミライはそう正しく理解して、フィリアとベルガーと共にツヴァイの小屋へ向かった。




