049:意外な一面
「初めまして、可愛い魔法使いさん。フィリア・ベラミニーツェよ。ベラミニーツェの家名を名乗るようになって、まだ二年に満たないけれど……私で良ければ案内するわ。よろしくね」
フィリアはワンピースの裾を少しあげて身体を沈める。
膝を深めて挨拶したあと、悪戯な笑みを顔に浮かべた。
うっとりと魅力に酔ってしまいそうなほど、フェロモンむんむんで美しい女性だが――ミライにとっては「きれいな人」そしてベルガーにとっては「絶世の美女」であった。
「ミライです。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げたミライにフィリアは微笑ましそうに口角を上げる。
部屋の隅でベルガーは鼻の下を伸ばしていた。
王都へ行くことにあれだけ反対していた男がもうすっかり何も言わなくなったので、ミライは気になって振り返ったが、目撃したのはまたしても「へんたいだ」と思える表情だったので、ベルガーをもう見ないことにした。
「族長、どうしましょう。まだ日も高いですし、今日出発もできますが……魔法使いさんの準備を待って明日にした方がよろしいかしら」
「あ! 私、準備とか必要ないです。すぐ行けます」
首を傾げて族長に尋ねたフィリアにしゅばっと手をあげるミライ。
族長はミライを一瞥すると「好きにしな」とフィリアに言った。
「それじゃあ、馬車と奴隷の着替えと――」
「フィリアさん、あの」
「なあに?」
「魔法を使って王都まで早く行こうと思います。着いたら、一度ここへ転移で戻って来て、またお父さんの小屋ごと王都に転移するので、荷物が沢山あるなら行きがけに必要なもの以外は小屋の方に運んで貰えませんか?」
ミライの言葉に目を瞬き、フィリアはゆっくりと意味を咀嚼するように人差し指を唇に当てて数回頷いた。
「転移で、小屋ごと……? そうね、その小屋って今はどこにあるの? 小屋っていうくらいだから、あまり大きくはなさそうね」
突っ込みどころ満載でどこから突っ込んでいいかわからなかったフィリアは、小屋ごとの転移については触れず小屋がまずどの大きさなのかを把握することにした。
優秀な美女である。
無駄な会話を上手く省いたと言ってもいい。
「この屋敷の近くにあります。広さは……えっと、このテーブルが五つくらい入る大きさです」
一畳ほどの大きさのテーブルを指差して説明するミライに、フィリアは優しく微笑む。
「あら、結構大きいのね。安心したわ。それじゃあ、奴隷の着替えと靴と……食糧も持っていきましょう。水も必要ね」
ベルガーはツヴァイの小屋の仕組みを思い出して頬をひくつかせた。
この美女も恐らく、衝撃を受けることになるだろう。
同情的な眼差しを向けるベルガーに気付かないフィリアは「魔法使いってすごいわね」とフィリアなりにその存在を密かに分析していた。
「水は井戸から汲めるので、行き道に必要な分以外は持っていかなくても平気です、フィリアさん」
ミライは嬉しそうに軽やかな口調でそう言った。
フィリアが目を丸くする。
黙って話を聞いていた周りの女達も驚く。
「井戸……?」
「はい! 地下水脈をまるごと転移させるんじゃなくて、溜まった水を使う度に巻き戻すようにしたんです。なので、地下水脈がなくても水がちゃんと井戸の中にあるようにできて、前は不純物が入っていたので更にその水をろ過して……」
「ちょっと待って、魔法使いさん。要するに、水脈がないのに水が汲めるってこと?」
フィリアは機関銃のようにしゃべりだしたミライに驚きつつも、要点だけをまとめて長話を回避しようとする。
フィリアは知っている。
研究者と呼ばれる男がこんな顔でこんな雰囲気で自分の研究について語り始めた時のことを。
長いのだ。無駄に話が長く、まるで「すごい? ねぇすごい?」と褒められたくて仕方ないと言わんばかりに自分の研究を語るのだが、その分野に詳しくないフィリアからすれば何がすごいのかいまいち分からない。聞いても理解が及ばないだろうと思って話を区切ったのだが、語りたくてしょうがないミライはフィリアの考えなんてお構いなしに続きを語りだした。
「そうなんです! 掘り井戸なので、水脈から湧き出る水を井戸の中に溜めてるんですが、転移するなら水は水脈と切り離さなくちゃその水脈から水を確保してる人が確保できなくなってしまうことに気付いて……でもそうすると転移先で水脈を見つけるしかないんですが、それはたぶんとっても難しくて。……それなら元々あった水を井戸の中に溜めた状態で水脈から隔離して、ついでに浄化の魔法を水にかけることによって前より綺麗な水がずっと使えるようになったんです! 使う度に巻き戻すので水の量も変わらなくて、水脈がなくても溜めて置けるように底を強化してるので水が地面に染み込むこともなくて、それで……」
しゃべるしゃべる。マシンガントークである。
ミライは誇りたくて仕方がなかった。
自分にできることがあった、ということを誇りたくて仕方がなかった。




