048:女奴隷
「王都に行きたいだって?」
ベラミニーツェの屋敷の間近に小屋を転移しているので、気安くご近所さんのところに遊びに行ったミライである。
族長はミライが王都に行きたいと言うと、分かりやすく顔をしかめた。
「やめときな。おまえはあんなところに行かなくていい」
族長の答えにベルガーはよっしゃとガッツポーズをしてみせたが、魔法のおかげで誰にも気付かれてはいない。
ミライはなんとなくベルガーの態度にむっとして、隣の美女にさりげなくくっついた。
救世主とも言えるミライにベラミニーツェの女達はとても優しかった。
豊満な胸を惜しみなく解放し、ベルガーが羨ましいと歯ぎしりするようなあつい抱擁で訪ねて来たミライを迎えて入れてくれたのだ。
それからはあれよあれよという間にふかふかの椅子に座らされ、美女二人に両脇を固められ果物や菓子を振舞われた。ぴったりとしたワンピースは抜群によいスタイルを見事に活かしていると言ってもいい。しなやかながらもさらりとしていてもっちもちでありながらふわふわな身体をミライは充分に堪能し、ベルガーに「べー」と舌を出して自慢した。
柔らかい女性の身体はミライにとっては母性を感じるあたたかいものであった。
抱擁されるとちょっぴり涙が浮かぶくらい、包容力が半端ない。
ベルガーとは違う意味で、ミライは女性の柔らかい身体が好きになった。
ミライの髪を優しく撫で、美女のひとりがやんわり微笑む。
「王都は獣がいっぱいよ。可愛い魔法使いさんを王都になんて行かせられないわ」
「って、本当は言いたいところだけど……」
「この年頃くらいからだったかしら、旅に出させるのは」
苦笑しながらもあたたかい目でミライを見つめていた美女達は口々に王都の危険性を語ったが、いつの間にか話の内容が修行の旅の思い出になっていく。
「旅?」
ミライが聞くと、美女達は首を縦に振った。
「そうよ。それなりに大きくなると、ベラミニーツェの女達は一度旅に出るの。経験を積んで帰ってくるのよ」
それで少女と言える年齢の女の子が屋敷にいないのか。
ミライは知りたいと願っても教えられなかったベラミニーツェの内情に、成る程と大きく頷く。
「旅の途中で王都へは必ず一度行くんだけれど、やっぱりいいところではないわ」
「危険がいっぱいって、聞きました。そんなに危険ですか?」
「そうねぇ……いろいろな意味で危険ね」
「いろいろ……」
色々とはどんなことだろう。
考え込むミライに美女達は困った顔をする。
「お忍びの王族にうっかり目をつけられたり、貴族のお眼鏡にかなって監禁されたり、商売人に騙されて売られちゃったり」
「路地に連れ込まれたり、スリにあったり、騙されて宝石を買ったり、一方的に恋慕されて付きまとわれたり」
「屈辱を覚えたりもしたわね……あの汚い貴族の豚め……一生恨んでやるんだから……」
「お金も宝石もドレスも欲しくないって言ってるのに聞き分けないで妻になれだなんて……絶対に無理よ、一緒に暮らすだなんて」
ぼろぼろ出てくる体験談である。
収集がつかなくなったところで、族長が大きく一度手を叩く。
「聞いたとおりだ、危険はそこらじゅうにある。それでも行きたいのかい?」
「……行きたいです。もっと色々なことが知りたいの」
「何を知りたいってんだい、おまえは」
「いいことも、わるいことも。生きていく上で必要なことを」
この世界のこと、とは言えないので、ミライは無難な理由を口にした。
自分はもっとこの世界について知らなければならない。
今まで生きてきた世界とは違い、この世界にはこの世界の常識やルールがある。それを知りたいのだ。
「ルバルスローンの王都じゃなきゃ、ダメなのかい」
すっかり孫を心配するお婆ちゃんのようである。
族長はミライの決意を試すようにじいっと睨んだ。
「ルバルスローンの王都は危険がいっぱいだから、わるいことを知れると思って……どんな犯罪があって、どんなことが罪になるのかとか、そういうのも知りたいから、やっぱり……行きたい、です」
「……ふん。どうせおまえは魔法使いだ。心配したってしょうがないね。――フィリア、魔法使いを王都へ連れて行ってやりな! ついでに新しい奴隷も買っておいで!」
「はい! 族長!」
名前を呼ばれたフィリアという女性は、泣きぼくろがなんともセクシーな艶やかな美女であった。
「おまえ……ミルァイと言ったね、魔法使い」
「あ、はい」
「ミルァイ、王都には奴隷って呼ばれる人間がいる。ベラミニーツェの女にするには女奴隷は都合がいい。でもね、ここの女達は幸せな方なんだよ。……奴隷ってのがどんな扱いを受けてるか――奴隷娼婦がどんなものか、自分の目で確かめな」
女のミライには女の最悪の人生を教えてやるのがいい、と族長は数ある闇の中から奴隷問題を選び取った。案内にはフィリア――元奴隷娼婦の女をつけることにして。




