045:望まれなかった子
ミライはひどく悲しかった。
男児を望まない、この一族が。
エイダという魔法使いは、一族の始まりの女性たちに同情したのだろう。
とても悲しい始まりだった。
始まりの女性たち――旅芸人の一行は当時存在した国境を超える寸前で、野盗に襲われた。
男達と少年達は殺された。
残ったのは女達と少女達。
年齢に関係なく、彼女達は野盗に遊ばれた。
酷い扱いだったと、彼女達は語り継ぐ。
彼女達の中の二人が、その事件のあとに腹に子を宿した。
生まれてきたのは男児と女児、成長するにつれ、襲ってきた野盗の男の顔とそっくりに子供は育っていったと言う。
ひっそりと生き続けていた彼女たちは、大きく移動する手段を持たなかった。それでも国境を超え、現在のアーディス王国がある場所へと辿りついた。しかし、不運にも隣国へ来ていた領主が彼女たちの中の少年に気が付いて声をあげた。
「私に息子ができていたとは。これは幸運であった」
野盗になりすまして夜な夜な遊んでいた、かつての領主は子宝に恵まれず立場を危うくしていた所だったと言う。
少年は強引に取り上げられた。
母親は抵抗し、その場で無残に切り捨てられる。
領主と少年はよく似ていた。
領主と少女もまた、似ていた。
しかし、少女を一瞥し――領主は少年だけを連れ去り自分の息子とした。
ずっとずっと変わらない、未だに残る風習のひとつ――位の高い家は男児を強く求める風習。
彼女たちはまた逃げた。
今度はもっとずっと遠くへ。
彼女たちはそう思っていた。
しかし、食糧が尽き果てた時、彼女たちが行き着いたのは何の因果か野盗に襲われた場所だったと言う。
そこで出会った気まぐれな女神は地面に触れ、木に触れ、石にも触れたと言う。
そうして彼女たちを見て「なにか、願いはある?」と涙ぐんで静かに尋ねた。
彼女たちは泣きながら、男への嫌悪を語った。
そうして悲劇を繰り返さぬよう、男児はもう産みたくないと強く強く願った。
気まぐれの女神は建物を作り、彼女達に食糧を与えた。
不自由なく暮らせるように手伝ったあと、願いを叶える為の奇跡を彼女達に見せた。
それがベラミニーツェの始まり、悲しい女達の始まり。
ミライは自分の意識を押し付けないよう必死だった。
宿った子供が男児であれ、女児であれ、愛してあげるのが親ではないのかと――そう思う気持ちが、どうしても拭えなかった。しかし、悲しみは理解できる。
二度と悲劇を起こしたくないと彼女達は力を欲した。
それが今の――鍛えあげられた幾人もの女性達なのだろう。
ミライが口を出していいことじゃない。
簡単に踏み込んで、ミライの常識を押し付けていい問題ではないのだ。
わかっているのに――ミライの頭の中には、トルティアの艶やかな笑みが浮かんできてしまう。
光がすべて収まったとき、老女は何かを堪えるように唇を噛み締めていた。
「魔法使い……」
「……はい」
「感謝するよ」
それは誰がどう見ても、ただの――女性だった。
族長でもなく、老女でもなく、女性としての顔だった。
ひとりの女として、ベラミニーツェという一族の女として、感謝を述べていた。
「私は殺されなくてすみますか」
「何を今更……ばか言ってるんじゃないよ」
けっ、と忌々しそうに顔を歪めるその姿は族長らしい強気なものだったが、本当に不愉快ではなさそうだった。
「……あたしゃ、借りってものが嫌いなんだ。何かあたしらにできることがあるかい。ただし、高望みはするんじゃないよ!」
ミライという少女のことを、理解して言った言葉だった。
族長の言葉に美女たちは泣き笑いの顔で頷く。
もしもミライが欲深い人間であると判断していたら、族長はそんなことを言わなかっただろう。
「……トルティア・ベラミニーツェ」
ミライが苦笑してその名を告げると、老女はキッと目を釣り上げる。
「トルティアの命令でここに来たのかい!?」
「違います。というか、ティアさんから逃げてるみたいな状態です」
「なんだい、それは」
「私、アーディス王国でちょっと悪いことをしちゃったので……それで、エルさん――辺境伯の所から、逃げてる最中なんです。ティアさんとは辺境伯の所で会いました」
どう説明すれば良いか――ミライは悩みつつ、今の関係を整理して族長に話そうとした。
「族長!」
しかし、声をあげて中央に近づいてきた女性が話に割り込むように族長の前に出る。
「そういえば、トルティアから手紙が届いていました。魔法使いミルァイという少女について少しでも何か手ががりがあれば教えて欲しい――と」
「ふん! どうせ、本当に教えて貰えるとは思っていないだろう。あわよくばって気持ちで手紙を送りつけてきたんだろうさ」
「ええ、そうでしょう。私たちがトルティアに協力することなんて、ありえないことですから」
うんうん、と頷く美女たちにミライは苦笑するしかなかった。
トルティアは随分とここで嫌われているらしい。
「それでなんだい、おまえはトルティアについて何を言いたかったんだ」
族長がミライを振り返る。
ミライは気まずそうに頬をかいて、情けない表情になった。
「あの、先に謝っておきます……私、ちょっと特別な魔法使いみたいで……知りたいと願ったことを、知れるような感じなんです」
「……気まぐれの女神もそんなもんだったらしいね。おまえ、本当に気まぐれの女神じゃないのかい?」
「違います、それはないです。えっと、とりあえず……それで、ベラミニーツェについていくつか知ったことがあって、ティアさんの名前にベラミニーツェって入ってることは知ってたんですけど、このベラミニーツェと一緒かは最初知らなくて……あの」
「鬱陶しいね! はっきりしな!」
「はい!……ティアさんに、優しくしてあげてください。私が知った、ティアさんの扱いはあまり、よくなかったみたいだから……」
詳しいことは分からない。
ただ、知ったことの中に「産まれた男児は迫害されていた」とあっただけだった。
しかし、それでも――苛烈な老女や男を捕える激しい女性たちを目の当たりにすれば、トルティアが意地悪をされていたのだろうと言うことは読み取れる。
迫害なんて言葉が纏めに使われるほど、きっと酷かったのだ。
「当然だよ。女だらけの中に男が混ざってるんだ。男って生き物は、どうやったって女の上に立ちたがるもんだ。トルティアはそういう危険も知りながら見られている目の理由も考えて、過ごしてたみたいだけどね。……それでも、屋敷の中に四六時中男がいるのは気持ちが悪いもんさ。孕ませる為に存在しているわけでもなく、ただそこで生活してる男なんて――気色悪いったらありゃしない」
今一族にある女性は、生まれつき男という存在を種としてしか受け付けない女性たちである。
行為の時だけは一族の繁栄の為、仮面をつけて演技をするが、男に恋をするということでさえ本能的に恐怖するほど、生まれてから大人になるまでの生活環境は男を嫌悪している。
トルティアが殺されなかっただけ、マシだという状態だった。
「今更優しくしたってね、トルティアだって気持ち悪いだけだろうさ。泣いて逃げ出すほどここが嫌だったんだ。優しくなんてできないね」
「……じゃあ、ティアさんに意地悪をしないでください。これから先、ずっと」
「おまえ、トルティアに追われてるんじゃないのかい」
ミライはへらりと笑った。
そうだ、追われている。
きっと、トルティアは逃げたミライに怒っているだろう。
「私、ティアさんに……美味しいお菓子を教えてもらったから。花菓子って言うんです。甘くて、柔らかいお菓子」
「娼婦土産の花菓子かい……トルティアの知ってそうな贈り物だね」
吐き捨てるように族長は言ったが、ミライは嬉しそうに笑った。
「だから、今更かもしれないし……本当は私がいう事でもないけど……ティアさんが次にここに来たら、何にも意地悪しないでください。私の願いはそれでいいです。他には思いつかないし……」
「わかった、わかった。それを聞こう。その願いを聞いてやる。それでいいだろう?」
じめじめと言うミライに、族長は呆れ顔で片手を緩く振った。
「はい!」
「じゃあ、これで最後だ。この話が終わったら、おまえを解放しよう」
「なんですか?」
「おまえ、嘘は言わなかったみたいだがね……隠してることがあるんじゃないかい」
「……」
ミライは「やっぱり」と思った。
気づかれているような気がしていたのだ。
ミライが動揺してしまったことに、悩んでいたことに。




