038:探す者たち
「毒されたかな? いやはや、私としたことが」
「……原因は魔法使いの魔法では?」
「いいや。生温い生活に浸りすぎていたようだ。ここ数年、平和だったからね。ツェル」
「ええ。戦争もなく、大きな事件も起こりませんでした」
サムニエルは王都に残り、事実上国王の監視下に置かれていた。
相手は魔法使いだ。
追いかけたところで転移を使われれば、サムニエルにはどうすることもできない。
故に指示を出し、報告を待ち、次の手を考える。
たったそれだけしかサムニエルに出来ることはなかった。しかし、たったそれだけでも冷血辺境伯と呼ばれたサムニエルにはまだ考えがある。
それが通用するかどうかは怪しいところだが、無知で単純なミライになら可能性はあるだろうとサムニエルは思っていた。
国王はミライの捕縛のためにはやむを得ないと判断して国宝をいくつか持ち出してきた。
一つはかつての魔法使いが製作した、遠距離でも一瞬で手紙が飛ばせる魔法道具。
転移の魔法のほんの一部、それも殆ど初級の初級と言える魔法が組み込まれた、転送魔法が組み込まれている。今の魔法使いには解読できない魔法陣が使われているらしく、改良も分解もできない。
たった五つしかこの世に存在しないその国宝と、その他いくつかを王はサムニエルに預けた。これによってサムニエルは騎士との連絡が頻繁に取れる。報告のために必要な日数は大幅に短縮でき、指示を与えてすぐに騎士を動かせる状況が成立した。
国王の信頼は相変わらず揺るぎない。
しかし、疑念が僅かに滲んでいることはサムニエルもわかっている。
ミライに選択の自由を与えようとしたことは事実。
国王とミライを天秤にかけてしまったことも事実。
魔法使いという存在にサムニエルは揺らいでしまった。
そうさせる不思議な力を魔法使いは持っている。
全国民が憧れを抱き、夢に見るほどの存在だ。
魔法使いの神秘的な何かに、サムニエルは陶酔してしまっていたのだろう。
そうでなければ小娘一人を王と天秤にかけるはずがない。
「ミルァイは可愛らしい少女だった。真摯に向き合いたいとすら思ったよ」
「……ええ」
「けれどもね、私は王の配下だ。忠誠を誓い、この国の為に命を投げ出さなくてはならない」
「…………」
「魔法使いとして見るのはやめよう。あれは小娘だ。いくら魔法が使えようと……小娘なのだから」
サムニエルは苦笑した。
クォツェルは痛々しいサムニエルの笑みにぐっと押し黙る。
ミライを裏切ったわけでも、ミライを見捨てたわけでもない。
しかし、そう思われても仕方ない判断をあの場でしてしまった。
「何を考えてベルガーだけを連れていたのでしょう。ティアも充分にミルァイを思いやっていたように思えましたが……」
「考えてみればすぐにわかる。ベルガーと私たちの違いをミルァイは見抜いていたんだよ」
無垢な瞳で見上げ、信頼を預けてくれた。
けれども、サムニエルが王と重ねた月日はミライと出会ってからの日数の何倍にもなる。
クォツェルもトルティアも同じ、サムニエルとミライでは比べようがないほどに――サムニエルに恩がある。
恐らくミライは感じ取ったのだろう。
あの場での本当の味方を。
「さて、アズからミルァイを逃したとの報告がきた。アズではミルァイを捕まえられないだろうね……場所はキャルーナだそうだよ」
転送魔法が組み込まれた液体のような水晶から手紙を取り出して読んでいたサムニエルは、考え込むように顎に指を置いた。
騎士の本拠地であるサムニエルの家に液体水晶を一つ置こうと届けさせていたのだが、その途中でスペリアズと合流し、一つ目の水晶はスペリアズの手元に渡った。もう一つはクォツェルの騎士見習い――クォツェルによく似て騎士然とした、見習いとは言えないほどの優れた青年に渡してある。残りの三つは一つがサムニエルの元に、もう一つが王の元に。
そして最後の一つは――
「ティアは国境をそろそろ超えたかな?」
騎士団副団長、トルティア・ベラミニーツェ。
液体水晶を任された最後の一人である。
驚異のスピードで移動しているトルティアには、もう二つ魔法道具が託されていた。
「国宝をこれほど沢山任されると気が気でないね、ツェル」
「嬉しそうなお顔をされていらっしゃいますよ」
「ああ、嬉しいとも。こんなに美しいものを……私が任されるなんて」
金の台座に置かれているのは、間違いなく球体の液体である。
水晶のような色形をしているが、触ってみればそれが液体だと疑う余地なく分からされる。
手を突っ込めば指先が浮遊感に襲われる。
それぞれの液体水晶に刻まれている番号の一つを念じれば、その番号の液体水晶に中の物が届く仕組みだ。ただし、重量に限界があり、届けられるのはせいぜい手紙が三枚ほど。故に大きなものは送れず手段も狭められる。
しかしながら便利なことに変わりはなく。
「ミルァイの魔法は素晴らしく高等なものだが……魔法道具とは素晴らしく賢いものだね。使い道が山ほどある」
サムニエルは困ったように、眉尻をそっと下げた。




