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034:大切な騎士

 


 サムニエルの人生は恵まれていたと言えるだろう。

 妻が病にかかったことを除けば、サムニエルの人生はほぼ順風満帆で上手くいっていたと言ってもいい。


 恵まれた環境でありながらも用意周到で執拗な性格を育んでしまったことや、家独特の規則に従い生きてきたことで冷血などど呼ばれるようになってしまったこともあるが、概ね満足のいく人生を過ごしていると言えよう。

 貴族としての地位を確立し、優秀な部下も手に入れ、魔法使いにも出会えた。

 しかし、誤算だったのは――その魔法使いがサムニエルの予想を遥かに上回る、素直な性格だったということだろう。


 サムニエルは何度も忠告し、そうならないよう仕掛けてきた。

 けれども、そのすべては無駄であり通用していなかったということだ。

 魔法使いミルァイへの懐柔作戦はうまくいっていた。

 しかし、その後についてはどうやら……うまくはいかないらしかった。


 アーディス王は、魔法使いミルァイの魔法に簡単に魅せられた。

 思慮深く聡明な王がその場で決断を下したのだ。

 魅せられたというほか、どういう言葉があるだろう。


 壺の時間を巻き戻し、見事に修復してみせたミライにアーディス王は興奮気味に「有罪」と言い放った。ミライは「なぜ!?」と言わんばかりに目を丸くして驚いたが、権力者側からすれば当然のことだろう。


 ミライは事件を悔み、罪として背負っていた。

 罪を罪とも思わない人間が溢れているこの世界では、その傾向は好ましく思われることなく「馬鹿だ」と思われおり、当然そのように扱われる。

 有罪、そしてこの国に貢献するという義務を科せられたミライは仕方なしに頷いて、刑期を王に問うた。


 しかし、王は「永久に」と即答し、ミライを青ざめさせる。

 ここで、ミライに関してもう少し王が注意深ければ、ミライは危うくその言葉に騙されていたかも知れない。王が「今後の働きにより決める」「当分の間」などど、言葉を濁していれば――ミライは従っただろう。

 「永久に」という断言は、王の首を締めたと言っても良い。

 あまりにも無知で腹芸のできないミライに油断したとでも言うべきだろうか。



 ミライは俯くと、口の中でもごもごと呟いた。



 そして――数秒後。

 何かを知ったように泣きそうな顔になる。


 今にも泣き出しそうな顔をキッと強気な顔に変えてミライは王に「嫌だ」と伝え、その場からすぐに消えた。



 ――辺境伯サムニエルとその騎士たちを連れて。





「……み、ミルァイ……」

「エルさん」

「なんだい……?」

「私の好きにしていいって言ったよね」

「そうだが……」


 転移先はサムニエル伯爵邸。

 あの遠距離を一瞬で、とサムニエルが驚いたのも束の間、すぐにサムニエルはことの重大さに気が付く。


「永久にって、そんなの……だって、どれくらいの被害が出たかまだわかってないって言ってたのに……」


 変なところで頭が回る少女である。

 サムニエルは扱い辛いミライにため息を禁じ得なかったが、そうしていても自体は悪化の一途を辿るだけだと経験で知っている。むしろ、経験しなくてもこの状況はどう考えてもサムニエル処刑コースである。


「とりあえず王宮へ戻してはくれないか? このままでは私が王への離反を疑われてしまう」


 もう直球勝負で行くことにしたサムニエル。

 ミライに駆け引きは通じないとようやく学んだようだ。


 ミライはぐっと眉を顰めて、再び泣きそうな顔をした。

 それに気付かないサムニエルは深く溜息を吐く。


 これまでの人生の中で最大のピンチである。

 いくらサムニエルでも焦ることはある。


 ミライはサムニエルの溜息を聞くと、がばりと顔を上げた。


「……そっか、そうだよね。つい帰ってきちゃったけど……エルさん困るよね……やっぱり……」


 王宮へ行く前はあれほど悩んでサムニエルの立場を考えていたが、王の一言ですっかり吹き飛んでしまったミライであった。


「私、帰らないけど……エルさんたちだけ送るね」

「……そんなこともできるのか」

「転送。――みんなを王宮へ」


 心の準備ができていないまま、辺境伯一名と騎士たち、転送である。





「…………」

「…………」

「…………なんで、俺だけ」

「ご、ごめん……やっぱりちょっと不安で」

「なんで! 俺だけ! 残すんだよ!」


 ミライの肩をがっちりと掴みゆっさゆっさと揺さぶるベルガー。

 お守り役はまだ、続行であった。


「転送しようと思って顔を思い浮かべたときに、ベルは残って欲しいなあって思っちゃった……」

「お、おれの……首が……!」

「ごめんって!」


 必死の形相で掴み掛ってくるベルガーにミライは眉尻を下げる。


「あのね、反則だって、わかってるんだけど……みんなに、魔法を使ったの」


 苦笑いしながらも、白状するようにミライはベルガーの顔を見上げた。


「魔法?」

「エルさん、ベルとツェルさん、それからティアさんにもね、途中で防御の魔法もかけたんだけど……気が付かなかったでしょ?」

「……それ、いつかけたんだ?」

「馬車が王宮に向かう途中」

「気付いてねえ……」

「……うん。魔法を行使するときに、その現象自体を隠蔽できたから、転移する前にもう一つそうやって魔法を使ったの」

「なんの魔法だ」

「超能力っぽい魔法が使えたから、これも使えるかもって……読心の、魔法を」

「ドクシン?」

「心を読む魔法。私の魔法、都合よくできてるから、きっとできたんだと思う。魔法名が創造魔法経由で作られたものだったから」

「なに言ってるかわかんねえ。魔法のことは俺には理解できねえからな」


 言い訳染みた説明をしてミライは話を反らそうとしたが、ベルガーはあっさりと切り捨てミライの瞳を覗き込む。


「つまり、ドクシンって魔法で心の中を読んだんだろ? それが俺を残すことにどう繋がるんだ」


 苛立ちを隠せないままベルガーはミライを追い詰めた。

 自分の首がかかっているというのに、まごまごと訳のわからない説明をするミライにベルガーが苛立つのも仕方ない。


「ベルだけが、私の身を案じてくれた」


 それまで申し訳なさそうに顔を歪めていたミライが、すうっと表情の色をなくして淡々とそう言い放つ。


「エルさんは王様と私を比べて、王様を選んだの。ツェルさんもティアさんも、エルさんに従うって心で決めてた」

「……おまえ、そりゃ」

「わかってるよ。まだ付き合いが浅い私に、味方しようなんて誰も思うわけないってことも。でも、ベルは……」


 ミライの行動に冷や冷やしながら、それでもミライのことを案じて心配してくれていた。


 ベルガーは後頭部をぐしゃぐしゃとかいて黙り込む。


 ミライの味方をしたわけでも、サムニエルに逆らっているわけでもない。

 しかし、あの場でサムニエルはミライを守ることを止めた。それはベルガーにも何となくわかってはいた。辺境伯が王に逆らえるはずがない。騎士が主に逆らえるはずがない。


 けれど、ミライが言いたいのはそういうことではなく――


「あの場で俺だけが、ミラを誰とも比べなかったってことか」


 サムニエルが王へミライを差し出すという空気を醸し出したとき、ベルガーは「こいつどうなる?」としか思わなかった。

 サムニエルに逆らいミライを救おうとも、サムニエルの決定に従おうとも思っていなかった。ただ、ミライの処遇がどうなるのか、それだけを考えていた。そのことがミライにとって救いになるとはさらさら思っていなかった――が。


「俺はこのまま単独で公のところに戻れば殺される。それはわかるな、ミラ」

「……うん」

「なんでこうなっちまったかねぇ……サボってたツケが回ってきたか」

「ベル……」

「戻りたくねぇんだろ。王宮にも、公のところにも」

「…………」


 図星ではあったが、そんなわがままを言えばベルガーが殺されることをミライは頭では理解していた。


「裏切られたって思ってんだろ。公に」

「……そういうわけじゃ、ない」

「言っておくけどな、俺だってもし公の立場になればおまえを差し出すぞ。命には変えられねえ」

「わかってるよ!」

「だから、そうされたくないんなら、そのすげえ魔法で守れよ」

「ベル?」

「仕方ねえから、ついていってやる。魔法使いはやりてぇようにやるんだろ。だったら豪快に拉致でもしろよ」

「い、一緒に……きてくれるの……?」

「――そうするしかねえだろうが。俺だけ公のとこに戻れば殺される、お前は公のとこに行きたくない。それならお前は俺を守って俺はお前についてくしかねえ」


 げんなりとした表情ではあったが、ベルガーは思いのほかその決断が嫌ではなかった。


「守れよ。絶対守れよ。魔法を俺にもかけろ。すぐにかけろ。絶対に俺を死なせるなよ? いいな?」


 少々頼りのない――かなり、頼りない騎士ではあるが、諦めのと思い切りだけは人一倍早い騎士である。


「うん……うん、ぜったい、守る。絶対に、ベルを守るから……だから、わたしと」


 こみ上げてくる何かを必死に押し殺してミライが俯くと、頭に大きな手が置かれる。


「分かってる。言わなくても」


 わしゃわしゃと撫で回す、その手にミライは我慢していたものを静かに崩壊させた。


「ベル」

「なんだよ」

「ありがと……」


 ひとりはとても寂しかった。

 信用できる人を見つけたと本当に思っていた。

 その信用があんなに薄っぺらいものだったとは、ミライは想像すらしていなかった。

 この世界での信頼は、とても儚いものだ。

 心の底から信用できる、誰かが欲しかった。


「ぜったい、守るから……わたし、ベルのことを信じても、いい?」

「……もし裏切らねえようにする魔法があんなら、それもついでにかけとけ。俺は庶民だからな。何かに目が眩むこともあるんじゃねえか」




 魔法使いミルァイ失踪。


 その翌日、マーメントの街は消失した部分のすべてを修復され、元から何もなかったように消えた部分は元通りになった。

 父親の形見、両親の絵、家系図、歴史ある家具、買ったばかりの野菜や果物。どんなものもすべてが事件当日と全く同じように戻ってきた。


 魔法使いの失踪と共に、辺境騎士団最下位である第十二位ベルガーも忽然と姿を消し、住居はおろか私物もそのまま当人だけが姿を消した。

 辺境伯の迅速な申請により、騎士の捜索にしては歴史上初の大規模な捜索団が王都で即結成されたが――二日経つ今でも、行方はまだ掴めていないという。


 捜索団、およそ二千人弱。

 その数に人々は騎士ベルガーがどれだけ騎士団にとって重要な人間であったのかと騒ぎたてたが、武勇伝はおろかたった一つの善行すらも噂には上がらなかった――らしい。


一区切りです。お付き合いありがとうございました。

続き気になるな~と思って頂けたらブクマ等してもらえたら嬉しいです。

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