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030:おバカな謁見


 

 こんこん、とミライとベルガーが乗る馬車の扉をノックしたのはトルティアだ。

 ミライがなんとか及第点までいったので、クォツェルとベルガーは随分前に交代していたのである。


「ミルァイ、無事に王都に入ったよ。馬車を乗り換えるからちょっと待っててねぇ」


 顔を覗かせるとそう言って串を差し出してきた。

 なんだかよく分からない四角いものが串に四つ刺さっている。


「魚のすり身だよ。入口の屋台で買ってきたんだ。俺のおごり」

「ありがとう、ティアさん」


 ミライは受け取ってかぶりつく。

 お腹が空いていたらしい、受け取って一秒ももたなかった。

 もっきゅもっきゅと噛むたびに変な音がする。


 うん、タレが美味しい。タレが。と失礼な感想を抱きながら、ミライはもう一度頭の中で全員の名前を反芻した。



 襲撃を受けて馬車を地味なものに乗り換えたので、王都でまたクライシス家の馬車に乗り換えるのだ。その準備をトルティアは行い、サムニエルとクォツェルは豪華な馬車の前で何かを話し合っている。ベルガーは相変わらずのお守役で新しい仕事を貰えない。

 ミライのお守りがもはやベルガーのちゃんとした仕事になりつつある。


「それうまいか? うらやましいぞ。俺もなんか食いたい」

「う、うん……あげるよ」


 ベルガーは羨ましげな目でミライの串を見たが、実はあんまり食感が好きではないので残りの一つをミライはベルガーに渡した。


 もっきゅもっきゅと音を立ててベルガーは飲み込んだ。

 噛むたびに顔が青くなっていたので、ベルガーもあまり好きではなかったのかとミライは思ったが――


「お、おい、この串……マシューマル魚のすり身じゃねえか! 高級魚だぞ!」


 高級な魚の割にあまり美味しくない魚である。

 ミライは若干この国の料理が変なものに思えてきた。



 地味な馬車を降りて、トルティアに手を引かれて豪華な馬車にミライは乗り込む。

 ベルガーはどうやら一緒には乗れないらしい。


「……ティアさん、どうしてもだめ?」

「こればっかりはなぁ、うーん……ダメじゃないんだけどねぇ、我慢して欲しいかなぁ」

「分かった」 


 要するに魔法使い権限を出せばダメではないが、本来はダメなので我慢してくれということだ。


 ミライはきちんと理解して納得して馬車に乗った。

 ちょっぴり不安になって亜空間へ入ろうかとも思ったが、今のところまだ時間の感覚を掴みきれていないのでそれも我慢することにした。


 ゴトゴトゴト、と馬車が揺れる。

 豪華なので椅子が痛くない。クッションがふかふかである。


「……転移って五人でもいけるかな」


 つい逃げることをミライは考えてしまったが、サムニエルは国王に遣えている身なので逃げても仕方がないだろう。ミライのせいでサムニエルを犯罪者にするのはいただけない。

 やっぱりミライが頑張るしかないのだ。

 嫌なことは嫌だと言っても良い。サムニエルはミライにそう言った。

 だからミライも素直に思ったことを言おうと思っている。


「よし、防御壁の魔法、みんなにもかけておこう。バレないように……隠蔽しながらの魔法の発動ってできるのかな? えっと、二重で魔法を使う……」


 ミライは頭の中をひっくり返して知識を得る。

 なんと、使えるらしい。連発するわけではなく、魔法に魔法をかけるという難しい行為ではあるが、できるようなので早速やってみる。


「隠蔽。魔法を使っても誰にもそれが分からないようにして。――防御。エルさんと、ベルとティアさんとツェルさん。私のみたいに広範囲だと言葉とかも聞こえなくなるから……えっと、死に至らしめるレベルの危険から守って」


 ――できたかな? ……うん、できた。

 無事に魔法がかかったことを確認して、安心してミライは椅子に座り直した。




 馬車が王宮へ到着すると、王宮の使用人は好奇心を隠せない瞳で辺境伯の馬車に注目した。

 辺境伯、サムニエル・リア・クライシスは、自身の乗っていた馬車を降りると連結した馬車の扉の前に恭しく跪く。

 これまでサムニエルはミライと対等のような態度で接してきた。それどころか、サムニエルの方が立場が上のように振舞っていた。それはミライの信頼を得るため、必要なことではあったのだが――王宮ではそうはいかない。


 サムニエルはいくら辺境伯とはいえ、神に近しいとも言われる魔法使いより立場が上にあるわけがないのである。

 ミライの乗っている馬車の扉をノックしたのはクォツェルだが、迎えるようにして扉の前に立っているのはサムニエルだ。そして、クォツェルが扉を開ける。

 ミライが馬車から降りるのを、サポートしたのはサムニエルであった。


 辺境伯サムニエル・リア・クライシスと並び、魔法使いミライは王宮の扉を潜る。

 ミライの薄汚い格好に驚いた者は多かったが、そんなことを口にすればどうなるか分からない。

 しん、と静まった廊下をミライはどきどきしながら歩いた。



 ――王宮では、今まで通りとはいかない。


 もちろん、ミルァイは好きにしてくれて良いが、私達は今までと同じようにはできないんだよ。

 サムニエルが事前にミライへそう言っておいたので、ミライは混乱することなくそういうものだと割り切った。


 ただ、気持ちはよくない。なんだか居心地も悪い。

 しかし、文句を言うわけにはいかないので、言うとおりにする。


 国王陛下は異例の速さで謁見の許可をすぐに出した。

 そのおかげでミライは到着して休む間もなく急かされたのだが、身なりをきれいにしたりだとかそういうことを求められたので「嫌です」とはっきり答えると、少し休む時間がもらえた。


 王族の前に出るということは、公式の場に出るということ。

 ドレスを着るのが一般的なので、謁見の許可を出すまでの間にはそういった時間が含まれている。要するに、準備の時間を与えられるのだ。しかし、準備をしないとなると困るのは逆に国王である。

 準備の時間まで計算して許可を出しているのに、準備が必要ないと言われればすぐに動かなくてはならない。国王は謁見の開始までに執務を終わらせて側室と癒しの時間を過ごすつもりでいたので、その時間がなくなってしまったことにほんのちょっぴりがっかりした。

 とはいえ、魔法使いの謁見である。何より優先すべきものである。

 ミライが休みたいなどと思っているとは露知らず、せっかちな魔法使いだなと国王は思っていた。




 そして――


「ご苦労であった、クライシス辺境伯」


 アーディス王国始まって以来の、最大級におバカな謁見が開始した。




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